現世から、こんな遠いところまで遊びに来たのに。 海や山、ならまだいい。ここは尸魂界。 身も蓋もない言い方をすれば……死後の世界である。 死神化を幽体離脱と表現しても差し障りがないかどうか、黒埼一護にはよくわからない。 生身の身体を預けられる相手がいるとはいえ、必要以上にここに来ることが、客観的に望ましいことではないのだとは思う。 尸魂界は掟が厳しく、長居する時には手続が窮屈だし――――短い滞在でもそれを要求されるのだ。 人の用事を済ませてやっているのに、なんでこんな思いをせねばならないのか。 今は虚が出たわけでもなく。尸魂界から招集がかかったわけでもなく。 浦原から言付かった用事を開発局に届けた後、そのまま帰らず、足が六番隊舎に向いたのだ。 長居すべきではないとわかっている。 けれど、彼の顔が見たかった。 最近会ってない、という単純な理由。 シンプルだからこそ、自分の心は素直に乱れ、彼の霊圧を少し感じただけで、うなじの毛が逆立つようにぞくりとした。 会いたい。 執務室に白哉はいなかった。 目当ての人物だけの室内。遠慮がちに声をかけてみると、机から目線だけちらりと上がってきた。 「おう。どうした?」 「別に、どうもしねえけど。久々にこっち来たから、寄ってみた」 「総隊長あたりに呼び出し食らったか」 「いや、浦原さんの届けモン。開発局と共同でなんかおっ始めるらしい」 「へーえ、まぁ、あんまし物騒なもん拵えてもらわなきゃ、別に構わねえ話だけどな」 「……全くだな」 そこで会話が途切れると、恋次は再び、視線を落とした。 書類を確かめてはサインのようなものを書きつけ、次に行く。 意識がそれだけに向かっているから、こちらに呼び戻そうと思って会話のネタを探すが、どうしてだか思いつかない。 沈黙したまま、紅い死神を見詰める。 視線がこっちに向かないのを寂しいと思うと同時に、遠慮なく見蕩れられる状況が気楽だと思った。 意識を乱されるのではなく、奪われるのでもなく、自分の意思で彼を想って、彼を見ている現況に、心臓がゆっくりと早くなるのを感じる。 俯いた彼の、手拭で半分覆われた眉と一体となった黒々しい墨の色、それから下ってシャープな瞼のライン、 そこを縁取る細く赤い糸のような睫毛。 鼻梁から視線を流してそのままするりと下まで辿り、軽く開いた唇を見て、無意識に唾を飲んだ。 触りたい、と衝動的に思う。 ゆっくりと近付いてきた一護に対し、恋次は視線を少し上げたが、また書面に目を落として無言で作業を続ける。 机の前に一護が立って手を伸ばす。それを視界の残像とするように、紅の死神は立ち上がる。 死覇装の裾を翻しながら、早足で、書棚に寄った。 とん、とん、と指を動かして背表紙を確認しながら資料を探す。 むっとした一護は今度こそ足音を消さずにずかずかと彼に寄り、肩口を引っ張る。 あまり強くは無かったが、意識を向けさせるには問題はなかった。 「あんだよ」 「なぁ」 「だから、何」 「……久々に会ってんだぞ、俺ら」 「そうだな。このところ忙しくってよ。現世降りられなかったんだよ」 「そういう話がしたいんじゃねえ」 「寂しかったわけじゃねえのか。もっと会いたいって話かと」 「違う!いや、……ち、違わねえけど、今は、そういうつもりじゃなくて」 「……遊んで欲しいっつーの?」 「ムカつくなぁ!そういう言い方やめろって」 「悪いけど、今仕事立て込んでんだ。後にしてくれ」 「俺もう帰んなきゃいけねえし」 「じゃ、また会いに行ってやるよ」 「恋次ッ!」 そのまま資料に目を戻す恋人の態度が悔しくて、自分だけが会いたかったのかと思うと切なくて、肩を掴んだ手を放す。 その代わり大きな身体を後ろからぎゅうっと抱きしめる。 「おいっ、てめえ、俺今言ったこと聞いてねえのか」 「知るかよ!白哉もいねえんだからてめえだけ仕事しなくたっていいだろ。たまには、俺を優先してみろっ」 「隊長は会議に行かれたんだ。馬鹿みたいなこと言うな」 冷静な反論に腹が立ったから、無理矢理顎を捕らえ、無理な体勢から唇を奪う。 行為者よりも背の高い男の唇を吸うのは、少し大変だったが、がむしゃらに感触を食んだ。 上唇を自身の唇で噛んで、開かせる。 「っオイ!」 合間に抵抗の声が聞こえたが、決して気にしない。 こちらも強引だが、あちらも自分を放置してくれたのだから。 橙色の髪の少年は、そう思って、腹いせの如く口付けを深くする。 しばらく舌で嬲っていると、彼の吐息が自分の支配下に落ちてきたのを知る。 奥に突っ込んだ舌に、恋次のそれが少しだけ絡む。 その反応にぞくっとして、顔を斜めにして、できるだけ触れ合わせる面積を多くしようと舌を必死で動かした。 ざらりとした舌同士が絡み合うと、呻くような声が男の喉奥から漏れる。 顎を固定していた手を外し、熱に浮かされるように両手を後ろから死覇装をなぞる。 恋次は、もう抵抗しなかった。 肩越しに唇を合わせながら、手が資料を掴んだまま所在無げに揺れている。 胸の上を手の平で泳いで、袷の隙間から差し入れる。 舌を動かしながら、もう片方の手も、腰に流す。 足の付け根あたりを撫で回すと、首を竦めるような反応を見せるのが愛おしくて、一護は表情を緩める。 なんだかんだ言ったって、確かに仕事は忙しいかもしれないけど、こいつだって素直じゃないから。 そう思って、たまらなくなる。欲しかったのは自分だけじゃないはずだ。 唇を離し、力の抜けた紅玉の瞳を見る。 左手で胸を愛撫し、右手を太腿に這わせながら、熱い溜息と一緒に名前を呼んだ。 瞳の色が、少し潤んで、薄い唇がそっと動く。 自分の名前を、同じように熱く呼ばれて、一護は一気に体温が上がったのを感じた。 「恋次……!」 「失礼します!」 掛けられた声に、ぴくりと恋次が反応した。 「理吉か?」 「はい!」 若々しい死神の声が響く。あっさり応対した恋次に呆気に取られた一護は動けない。 仕事中であるはずの副隊長は焦りも見せず、悠々と立ち上がる。 むしろ突然の来訪者に驚いているのは一護の方だ。 スイッチを切り替えるように、態度が突然変わった恋人に驚きを隠すこともできず、横顔をただただ見詰める。 さっきまで腰が震え、書棚にすがりつくような初々しい態度で自分を受け入れてくれていたのに、この変貌ぶりはなんだ。 「何か、あったか」 男は少し乱れかけの死覇装をさっと直し、髪も撫で付けるようにして乱れていないことを確かめる。 「さきほどの資料ですが、朽木隊長がご所望です」 「やっぱな、終わらせといて良かったぜ」 「もう終わってるんですか!わかりました、今、持って行きます」 「いーいー、あと仕事ねえから、俺持っていくわ」 一護が驚いて、死覇装の端を掴んで、去ろうとする恋人を引き止める。 戸口の向こうに他人がいるため、声は出せないので目で訴える。 恋次はその一護の表情を見て、少し考えた後、にっと笑って顔を近づける。 大きな手の平で少年の両頬を捕まえると、唇を合わせた。 ぬる、と入り込んできた舌に、少年の舌は一気に攫われ、口腔内を貪られる。 全て奪いつくすような激しい口付け。 耳元に濡れた音が響き渡り、くらくらする。外にひとがいるのに。 こんな小さな水音、戸の向こうには聞こえないに違いない。でも。 そんなことを悶々と思いつつも、一護の意識は白くなっていく。 背筋にももっと腰に近いところにも痺れが巡ってきて、膝が震える。 息が乱れ、目の前の男の死覇装にしがみついた。 殆ど腰が抜けた一護の状態を見てとってから、恋次は一度唇を離す。 名残惜しそうにもう一度軽く唇を合わせ、ずるずる下に落ちていく一護の額にも唇を当てた。 「すぐ戻って来るから。お前がまだこっちいられそうなら、続きな」 紅い瞳を少し細めて笑う。 少年は手の甲で溢れた唾液を拭いながら、何も言えなかった。 机から該当の書類を捜すとそのまま戸を開けて普通に出て行った恋人の姿を情けなくもぼんやりと見送る。 しばらくして、やっと腰が立つようになってから、一護は気付く。 さきほどの濡れた瞳も、甘い声も、すがりつく震える手も。 自分を煽る彼の態度の全てが。 「……演技かよっ!!」 本気のキスに腰砕けにされた事実に心身いっぱいになりながら、あまりの羞恥に両手で顔を覆う。 すっかり熱くなっていたのは自分だけ。 「ああああ!!戻ってきたらぜってえ速攻押し倒してやるよ馬鹿恋次!!」 踊らされるくらい溺れているから、後は相手を引き込むだけってわかっているのだけれど。 ままならない恋に一護は唸って、床に不貞寝を決め込んだ。 Fin.
まあ男子高校生を溺れさせようとこういうお誘いを掛けてるに違いないと。
そういえば理吉とのぴゅあラヴもいつだって書きたい。 Joyce 執筆(2006/08/16) 更新(2006/10/29) |