「迎えに行ってあげたらええのに」 するりと撫ぜるような声に、藍染は視線を上げた。 銀色の滑るような頭髪を指先でちょい、と弄った市丸が、笑いながら言う。 藍染の視線を感じて、水色の瞳をそこに向け、笑みを深める。 「阿散井君、アンタのこと待ってると思うんやけど」 「そんなわけはないだろう」 「アンタは会いたいと思うてるやろ」 「ギン、何が言いたい」 「少なくとも、ボクはもう一度逢いたいなぁ……抱きたいなぁ」 「……お前の欲求として、連れて来たいということか」 呆れたような言い方にも気分を害した顔を見せず、市丸は彼の視線を絡めたまま言葉を返す。 「ボクは前から藍染さんにも言うてた通り、阿散井君飼い殺したい思うてます」 「殺す、だけではなく?」 「そう、飼い殺したい。まあ死ぬんが先か、阿散井君の心が壊れるんが先かはようわかりませんけど」 「趣味が悪い」 「アンタに言われたないなぁ。好きなコがおったら閉じ込めたい、閉じ込めて抱いて自分のことしか見させんようにしたい。そう思うのは自然やろ」 「お前が阿散井君のことを好いているという話は初耳だが」 「嫌やなあ。前も言うたよ、藍染さん聞いてないふり上手いなぁ。……自分のものやと思うてるからそういう態度取るんやろ」 「だから、さっきから何が言いたい」 「ボクは阿散井君のこと、好きですよ。手放すの勿体無いって思いながら、尸魂界に置いてきましたもん。アンタもそうやな?」 「……」 「雛森ちゃん殺そうとしたくせに、あの蜜柑色した頭の子供斬ろうとしたくせに、アンタ、阿散井君には手加減しましたな」 「何の事だ」 「そんな風に心乱すくらいやったら、今からでも遅うない。連れてきはったらええんです」 「だから、どうして阿散井君なんだ」 「藍染さん、もしかして気付いてないんか?嫌やなあ、ええ年した男のくせして自分の気持ちもわからんのかい」 くくっと笑った市丸は、玉座に座る藍染の目の前までブーツを鳴らして歩み寄る。 「ボクが一番アンタのことわかっとるんよ。知ってるやろ」 「ああ」 市丸は藍染に手を伸ばし、頬を掠めるように触れた後、同じような微かな接触をしながら自分の体を下に落とす。 床に腰を落とし、ぺたりと王座に就いた男の膝に頭を載せる。 「寂しくないんか?アンタあの子のこと好きやったやろ。白状せえ」 「……殺すには、忍びなかったとは思っているよ」 溜息交じりの低い声に、銀色の頭髪が笑うように震えて藍染の膝をくすぐる。 「ほれ見い」 「うるさいな、お前は。なんだ、妬いているとでも言うのか」 「いいえー。阿散井君に妬くなんてありえません」 「ほう?」 「だってあの子の一番大事なもんはアンタやないから。ルキアちゃんやから。そんなん、恋敵にもならんわ」 「私も、阿散井君が一番大事だなんてことはないんだがね」 「それも知ってます。そうやなぁ……、もし阿散井君がアンタが一番大事言うたら連れてきたんか、アンタ?」 「どうだろうかなぁ……そんな彼は、想像がつかない」 藍染は軽く笑った。 幼馴染のために必死に力をつける彼の真っ直ぐな姿を、紅い髪をきりりと結い上げて稽古に励む様を、昨日のことのように思い出せる。 三十年以上前の話だ。自分の手元で、五番隊で、彼がまだ一死神として働いていたころの話。 愛情に飢えているくせに、矜持が高く、願うのはあの少女の幸せだけという、乱暴そうな見てくれとは裏腹の、恐ろしい純粋さ。 与えただけの愛情を、素直じゃない態度で返してくる青年は、多分、自分にとって好ましかったのだろう、と考える。 自分には、ないものだった。だから、きっと、愛しいと思った。 大きな体躯には似合わぬ怯えを絡め取って、陥落させた。 この上なく愉しかった。 遊びのつもりですらなかったのに、いまだに鮮明に憶えているのは何故だろう。 彼の紅い瞳が自分を射た瞬間を。 自分の姿に喜びを表情に混ぜる笑顔を。 それでも、あの彼は、溺れきることはなかった。自分の中の芯を保ったままだった。 自分の中の一番大事なものを間違えることがなかった。 「阿散井君は、そんな子じゃない」 「溺愛してますなぁ……」 にたぁ、と目が細まる。その水色の目を見咎めて、大きな手の平がぐしゃぐしゃと銀色の頭髪をかき回す。 「うわっ、何すんの!」 「ギン、仕置きが欲しいか?」 「嫌や、アンタねちねちとした仕置き好きやから」 「好きなくせに」 「誰のことやオッサン。しばいたろか」 「ほらほらそうやって怒るな、綺麗な顔が台無しだ」 「アンタ面食いですもんなぁ……阿散井君も、床美人な子やったねそう言えば」 「そうか?普段から可愛かったと思うが」 「アンタと違ってボクは嫌われてましたから。あんま可愛い顔見せてくれなかったんや」 「それは勿体無いことをしたな。確かに抱いている時も可愛い子だったが、普段の可愛さはまた違って良いものだったよ」 「なー……なんであの子連れて来んの?どこぞの死神か、もしくはあの旅禍の子供か、手ェ出してるかもしれんよ?ええの?」 「彼は私のものにはならないよ」 「だから飼って躾けたろ言うてるんです。ボク調教係やってもええよ」 「それはそれは。大層な役目だなギン」 「アンタが本来の目的忘れんように、ボクが担当したるって言うてんの」 「そんなに耄碌して見えるかい?」 「見えるわい、オッサン。アンタなぁ、ぼーっと報告画面見よってなぁ、ちらっと映ったくらいの阿散井君にぐらぐらしてて見てるこっちが恥ずかしいわ。さっさと連れて来たらどないや」 「そんなことはない」 「嘘やっ!じゃあもし、これから阿散井君がアンタのことを一番に考えるようになったら、アンタのとこに連れてきてもええか?」 「何をする気だ?」 「それはお楽しみや」 「碌なことをしそうにないので却下。止めなさい」 「えーつまらんなぁ。まぁ……そうやな、そんなんなったらボクも妬いてしまうかもわからんし?」 藍染は、悪戯っぽく笑ってみせる彼の頭を今度は優しく撫ぜた。 擦り寄るような仕草で懐く彼は、動物で言えば犬というより猫の仕草に近い。 喉を鳴らすように、柔らかく笑う白面の男に、藍染は顎に手をかけて上げさせる。 「まさか雛森君には妬いていた、と?」 「そんなんないですけど。でもアンタが一番や言うて、アンタのこと全く見ようとしてないとこはムカつきましたわ」 「それで私を甘やかしたのか!」 藍染が、堪えきれないといった体で笑う。 「何ですの、それ」 「はは、彼女の始末をお前がつけてくれると言った時にどういうつもりかと思ったんだよ。そうか、雛森君のことが気に入らなかったわけだ」 「別に、妬いたわけと違いますからね。あの子に妬くほど狭量やないよ」 「そういう可愛いところがあるから、……お前は手放せないなぁ」 何年経っても、と囁きながら市丸の頬を指でなぞり上げる。 その感触と言葉に、居心地の悪そうな顔をした市丸は、首を傾けて返事をする。 「ボクは、何でこんなオッサンがええのか自分がわからんわ」 「金髪の美女より、私を選ぶと言うのだろう?」 それを聞くと、市丸の表情は曇った。早口で何かを否定するように言葉を連ねる。 「……乱菊のことは、言わんでください。それに、あいつを美女とか言わんでください」 「何故だ?私の目から見ても、美しい死神だったと思うがね」 「あいつは、そんなんと違うんです。そんなんやないんです。……乱菊は、ただの子供ですわ」 「彼女を、いまだ大人に見てやれないのか」 「……そんなんで、汚したくない」 「阿散井君と似たようなことを言うんだね、お前は」 「一緒にせんでください。阿散井君はルキアちゃん意識しとるくせに手ぇ出さないんやから。ボクは乱菊のことそんな風に見ない」 「お前の一番も、幼馴染にくれてしまうのか。私には、それでは何も残らないな」 「一番は乱菊とちゃいます。あいつが一番やったら……ボクはまだ尸魂界におるよ」 じ、と真剣な視線が藍染に向けられる。 それに、男は笑う。市丸は、笑われても視線を外さない。 「わかっている。冗談だ」 「わかってないやろ。何や、恥ッずかしい言葉でもボクに言わせたら満足するんか?」 「いや、わかっているよ。言ってくれても――――勿論、構わないがね」 「そんなんやったら言わんわ!言うてくださいて言うてくれんと言うてやらんわ」 「要求したら言ってくれるのかい?」 探るような目つきに、水色の視線に険のある色が灯る。 「もうええわ。もうええ。言うても言うてやらんからな。金輪際言うてやらんわ」 起き上がって両手を藍染の両膝につき、食って掛かるように早口でまくしたてる市丸を、片手で無理矢理膝に載せる。 「放せ」 「いいや、放さない」 案外細い腰を抱き寄せると、身体が逃げようと動くので、そのまま抱き寄せ、大人しくなるのを待つ。 「私の一番も、お前だよ」 「……何人いる中のですかー」 すっかり臍を曲げた銀髪の男に、笑ってしまいそうになりながら、綺麗な笑みを作って言葉を紡ぐ。 「お前だけだよ」 「はっ、そない言われると余計に信用ならんなぁ」 さて、この拗ねた男をどう扱おうか、と思案して、藍染は先刻の話題を思い出した。 懐かしい緋の色が、思い通りにならないならば、いっそ壊してしまえばいい。 市丸の言うことは、きっと正しい。 少なくともそう思ってみせれば、盲目的な愛に応えることはできるだろうか。 「……世界を統べた暁には、お前が阿散井君を飼うといい。一緒に彼を可愛がろう」 市丸はしばらく黙って考える顔をした後、いつもの食えない笑顔を浮かべて言った。 「ああー……それはちょっと楽しみやなぁ。せいぜいあの犬、二人で可愛がったろうや、藍染さん」 Fin.
「手間をかけて吉良君や日番谷君と殺しあってもらおうと」+「てめえ今雛森を殺そうとしたな」
の相乗効果に気がついた時、 うへえ藍染甘やかされてる……!と驚愕しました。 ギンの愛凄まじいな。 ギンは純愛派です。藍染にも乱菊にも。 相手が喜んでくれればボクは悪にでもなるってやつですよ。 なんだかんだ言って藍染さんはギンが一番可愛いといいよ。 ところでこういう時、要姫はどこにいるんだろう。 恋次はアイドルです。 Joyce 執筆(2006/07/18) 更新(2006/08/06) |