一休みして水を飲んでいた恋次が横を向くと、同じく休んでいた筈の一護が、すぐ隣にいた。 「ん?もうやんのか?」 「……俺ちょっとやってみたいことあんだけど」 そう言われて、恋次は何のことだろうかと首を傾げた。 浦原商店の地下修行場。 対バウント戦において、狩矢の能力の高さに萎縮した一護を叱咤するために岩鷲と恋次がここに連れ込んだのだ。 もっとも岩鷲は花太郎からの電話を一本貰うとすぐに帰ってしまったのだが。 それから、ずっと一護と恋次はここで修練を繰り返している。 今は何時ごろなのだろうか、と恋次は思った。この場所は、時がわからない。 一護と恋次は、お互いの波長が近いらしい。戦っていても、呼吸が合う。 何度か戦っているからかもしれないし、お互いの能力に対して理解があるからかもしれない。 真剣に、殺し合い寸前の殺気でもって対峙しても、殺さず、かといって楽に生かさず、何時間でも戦い続けていられる。 いつだって知り合った相手と戦えるわけではないから、慣れ過ぎるのも問題だが、鈍った身体、もしくは心、それを取り戻すには互いがうってつけの相手だった。 それを肌で感じているから、恋次も一護をここに連れ込んで強制的に戦闘状態に持ち込んだし、すぐに一護が復活したのもそのためだ。 「何がしてえの?」 「ん、あの、お前ら死神ってさ」 妙な物言いに、恋次が眉間に皺を作る。 「お前も死神だろうが」 代行とはいえ、と心の中でだけ呟く。 「いや、そうなんだけどさ。なんつーか、少しは見習う必要あんのかなって」 「はあ!?」 この黒崎一護という、強い自我を維持した子供が、人を見習う? 中身が優しい男だというのは知ってはいる。 だが、少なくとも自分に対してはまだまだ子供っぽいところを見せることが多い一護が、こんな妙なことを言い出すと思わず、 恋次は素っ頓狂な声を出して驚いた。 「なっ、何だよ、まだ何も言ってねえだろ」 「お、俺にとっちゃ今ので十分衝撃発言だ……」 「何だよそれっ!」 「あ、まあ……いいや、で、何を見習うっつーの?」 憮然とした顔の一護は、唇を尖らせたまま視線を外して言った。 「や、前も言ったと思うけど。俺は斬月のこと信頼してっし、器用な方じゃねえってのもわかってるけど」 「だから?」 「鬼道、使えたらなって……」 「お前が?」 「霊力のコントロール上手くなるかなって。今の敵ってよ、霊圧も普通じゃねえし、なんか、力任せじゃねえ変わった戦い方してくんだろ。 もし自分より強くてもよ、多少の戦術の幅があった方が、マシかな、とか……」 「はっ、てめえがか?無理だよ無理。お前、直情過ぎだろうが。戦ってる真っ最中に、斬る以外に考えられるのかよ?」 「うっせーな!だって!」 「だって?何だよ」 「……」 一護は、視線を外して黙り込んだ。 それほど狩矢との戦闘が、彼の神経に堪えたのだろうか、と恋次は慮る。 それも間違いではなかったが、一護は自分の体の中で起きている小さな変化に気付いていた。 斬月に頼る度、身体の中で疼く白の衝動。 自分を奪おうとする強い意志。精神世界で出遭った、もう一人の自分。 時たま、彼を、感じる気がするのだ。 自分よりも強い相手に出遭った時、暴力的な喜びを彼が心の中で謳う。 (俺を出せ!) (お前より強く戦ってやる!) (お前より、一護、お前より!) 響く声が、波紋のように身体を揺らす。 戦っていると、わけがわからなくなってくる。 自分が戦っているのは目の前の相手か、心の中の白い自分か。 だから、余計に強くなりたい。 斬月だけに頼るから、あいつが現れるというのならば、違う力とバランスが取れれば少しは白の脈動がましになるのではないか。 一護はそう考えた。 だが、その危惧は恋次には言えなかった。 上手く説明のつくことではなかったし――――なんとなく、言うのが怖い気がしたからだ。 恋次は一度戻した一護の機嫌が消沈していくのを感じて、頭をかいた。 強く拒絶し過ぎたか。 (まあ、確かに……ここなら、暴発したとしても、大したことにはならないか?) 一護の霊圧の高さを心配してコントロールの失敗した時のことを考えて止めたつもりだった。 しかしさすがにここまで落ち込まれると後味が悪い。 「で……お前は、何、俺に教えて欲しいわけか?」 動揺したせいで不遜な物言いになった。慰めるつもりだったのに。 失敗した、と恋次が軽く顔を顰めていると、当の一護は気を悪くした様子もなく、少しだけ元気のない顔のまま、こくりと頷いた。 「……うん」 素直に頷いたその顔が、庇護欲のようなものをかきたてて、紅い死神の気分を落ち着かなくさせた。 「あー……」 言葉にならない声を発して、恋次は蛇尾丸を肩に担ぎ、それを元の姿に戻した。 しゅっと通常の日本刀の形状に戻し、鞘に仕舞う。 「よ、よし。わかった。教えてやる」 「本当か?」 「ああ」 「さんきゅ」 にこ、と笑った一護の顔は幼くて、心臓が跳ねる。 何でこういう時に二人きりなんだ、と頭を掻き毟りたくなった。 そんな場合じゃないのに、そういう目的で二人になったわけではないのに、甘ったるい気分になって嫌になる。 参った、とその気分を頭から追い出そうと躍起になる。 「恋次、まず、どうすりゃいい?」 頼むから今、お前の声で名前を呼んでくれるな、と無茶なことを思いながら、恋次は必死に集中して鬼道のことを考える。 院生時代のことを思い返す。 初歩の鬼道から教えるのが良いだろうか、とにかくコントロールの容易なものを。 そう考えると赤火砲あたりが妥当か――――?あれは三十番台とはいえ基本に近い。 かといって自分も最初からコントロールが上手くはなく、実技の時に暴発させて全身火傷を負った覚えがある。 黒崎一護は柔な男ではないけれど、殆ど緊急事態ともいっていいような毎日の合間に、使えるかわからないもので怪我 させるのも如何なものだろう。 恋次が色々と考えていると、一護が、なぁ、と甘えるように手を引っ張ってきた。 また甘ったるい感覚が戻りそうになって、「あんだよ」とそっけなく払う。 「だって、てめえ、考え事してるばっかで……教えてくれる気があんのかよ」 怯まない彼に手首をぎゅっと掴まれて、息を軽く詰める。 そこで、ふと、思いついた。 「攻撃系の鬼道じゃなくちゃ駄目か?」 「え?」 「鬼道には色々あんだよ。直接攻撃できるやつと、間接的に戦いを補助するやつと」 「そりゃ……攻撃できる方がいいけど。違う方のが、いいのか?」 「ん、攻撃系は莫大な霊力使うからなぁ。てめえの垂れ流し霊圧でそれやられっと危ねえかもって思ってよ」 「悪かったなぁ垂れ流しで」 「あくまで事実だ、けなしてるわけじゃねえの」 「……なんかそれはそれで全然慰められないんですけど」 「慰めて欲しいわけじゃないだろ?で、コントロールはちょい難しいけど、爆発までいかねえやつがある」 「何だ、それ?」 「縛道。わかるか?」 「あ、うん。使われたことある」 「……お前に?誰だ、ルキアか?」 「ルキアと、あと、ここのテッサイさんってわかるか?」 「ああ、髭生やしたおっさんだろ?」 「ん。あのひとに」 「何かやったのか、お前」 「違うって!修行してた時に!」 「ああそう……」 「確か、ええっと縛道って言ってたぜ?なんてやつかは……憶えてないけど」 「まぁ、なんとなく、ああいう感じだって言うのはわかるか?」 「どうやるかはわかんねえけど」 「相手の動きを縛る鬼道だってわかってりゃ話が早えってだけの話。じゃ、とりあえず一番簡単な奴を教えてやるよ」 「俺にもできるか?」 「すぐにできるかはわかんねえけど、てめえも霊力ハンパねえし、コントロールさえできればできるんじゃねえかな」 「わかった、やってみる」 よし、と一護の気合の入りなおした顔に、恋次は少し笑う。 素直で、可愛い奴だと思う。 生意気なことが多いけれど、基本的には素直だし、お互い意地さえ張らなければ上手く行くのだ。 何せ波長が合うのだ。心も、――――そして身体も。 (……っと) またそっちに頭が行きそうになったので、刀の柄をちゃり、と触って、気分を抑える。 さっきからどうもおかしい。二人きりのせいだろうか。一護のことを無性に意識する。 一護は全然そんな様子もなく、修行のことばかり考えているのに、自分はどうしたことだろう。 現世に来て、まだまともに体を重ねていないからかもしれない。 久々に会って、とても嬉しくて、それでも素直に喜んでいられる状況じゃなかった。 副隊長の恋次が派遣されるというのは相当の事態であり、そんな状況下でまともにいちゃつける暇などありはしない。 お互いの気分が高まった時に、だなんて、最高の事態を楽しめる余裕がないのが現況だ。 正直、寝ている一護を見て、襲いそうになったことはあるが、軽い悪戯のみで懸命に我慢した。 以来、禁欲的な日々が続いている。 一護のところにはルキアがいるし、自分は浦原商店に居候の身だ。 逢瀬に乗り込むのも難しいし、連れ込むのはもっと難しい。 加えて、戦いの中に身を置いていると、どうしても身体を鎮めたくなる瞬間がある。 人間ではないから、そこまで切羽詰ったものはないが、それでも恋次だって死神の中では年若い方だ。 欲しくないと言えば嘘になる。 多分、頭と身体が、同時に考えているのだ。 今は好機だ、と。 (とか、誘える雰囲気じゃねえんだけどな……) 修行に燃える子供の瞳に苦笑する。 力になってやりたいとも思っている。 男としては、霊力の強い彼を導けるのは喜びだ。 それも、嘘じゃない。 (まあ、ひと段落するまでは仕方ねえかな) 「とりあえず俺がやってみせる。他にいねえから、お前にやるぞ。構わねえか?」 「わかった。やってくれ」 「いいか、言葉は後から覚えたっていい。てめえは俺の霊圧の動きだけ感じてろ。行くぜ?縛道の一、塞!」 この程度の鬼道であれば、教えるためであっても、詠唱破棄に問題はないだろう。 そう判断した恋次は言霊を省いて、縛道を使った。 途端、かくん、と膝の力が抜けたようになった一護が、地に死覇装をつける。 両腕は押さえつけられたかのように後ろ手に組まされ、呆然として恋次を見る。 地に落ちる寸前、痛みを堪えるような顔をしたので、ぴんと来る。 この感覚には覚えがあるらしい。 どさりと重力が六倍くらいになったような重さを体験させられ、一護は上半身まで完全に地に落とされた。 橙色の頭を上げかけ、それでもだるいらしく、困ったような顔で恋次を見上げた。 その視線が、弱弱しくて、いつにない表情に、思わず笑ってしまった。 動かない身体の代わりに、下唇を突き出すように不満の表情を取ってみせる一護に、余計笑みが深くなる。 彼は馬鹿にしたと思っているのだろうが、そうではない。妙に可愛く見えただけの話。 「解」 とん、と指を二本、彼の背に置いて言葉を発すると、一護の四肢に力が戻った。 「っ……はあっ……!うっわ、びっくりした……」 「これ、初めてじゃねえだろ?」 「ん、ルキアに初対面で使われたのは多分これだ。あと、ここんちのテッサイさんに使われたのは、両腕に布みたいなのぐるっと巻かれるような、そんな技だった」 「……あのおっさんはそんなんまで使えるのか」 おそらく九十番台の高度な縛道だ。 しかし随分強力な縛道を使用されたものだと思う。 (ま、何があったか知らねえが。こいつが本気出したら、確かにそういうレベルの縛道で縛らないと話になんねえかも知れねえな) 「さて、じゃあ次はてめえの番だ。言霊は覚えたか?」 「一応」 「俺の霊圧の動き、わかったか?」 「な、なんとなくな……」 「ま、失敗してなんかあってもこの場所なら大丈夫だろ。やってみろ」 「いいのか?」 「当たり前だ。時間が惜しい。練習すんなら手早くやろうぜ」 「わかった……」 一護は恋次がしてみせたように相手に手の平を向け、唱えた。 「縛道の一、塞!」 しゅ、と手の平の上に白い煙が見えたかと思うと、恋次は頭より一瞬早く身体を反応させた。 閃光のようなものが一護の手から飛び出し、一直線に躍り出る。 横に避けた恋次を追うことはせず、その閃光は猛スピードで地を這って進み、少し遠くの岩山の一つに激突した。 ズゥン、と鈍い音と共に、岩山が丸ごと崩れる。 白い煙がもうもうと立ちこめ、ぱらぱらと砂の舞う音が離れたここまで届いてきた。 「…………」 「…………」 思わず無言でそれを見守っていた二人だったが、背筋に走った冷たいものに我に返った恋次が、眉を引きつらせながら一護に向かった。 「てめえ、俺を殺す気か!?」 「ち、違っ!だってやり方真似しただけだぜ!?」 「なんで縛道で暴発すんだてめえ!しかもあんな危険なの!」 「知らねえよ、俺、あんなんやる気全然なかったもん!」 「ちゃんとさっきの俺の技見てたのか?イメージしながらやったかよ?」 「やった、やったってマジで!……マジで……悪かったよ!」 本当に攻撃する意思などなかったのだろう、困ったように自分の手を見て、一護がしゅんとした顔を見せる。 まだ心臓がばくばく言っているが、まぁ、確かに恋次に怪我はなかった。 「ま……まぁ、上手くコツ教えられなかった俺の責任でもあるからよ。いい、もう」 「じゃ、コツ教えてくれるか?」 「待て待て待て。やっぱりてめえが使うと鬼道は危ねえ。今悟った。てめえには無理だ。やめとけ。つーかやめてくれ……」 一護の両肩に手を置いて、顔を伏せた懇願の体勢で恋次が言う。 それを見て一護は、あ、こいつ本気で嫌がってるな、と理解して、素直に引いた。 「ちぇ、やってみたかったのに……」 「やっぱお前は斬撃が向いてんだ。それがわかっただけでもいいじゃねえか。浮気しなくて済む」 「縛道使ってみたかったんだ」 「なんでだよ。自分で言い出しといてなんだけど、お前、そういう戦い方、向かねえと思うぜ」 「元々霊力のコントロールさえ学べれば良かったし、戦術増やすのは二の次だったからそれはいいけど……じゃなくて……」 「何だよ」 口ごもる一護に、恋次は首を傾げた。 一護は言おうか言うまいか迷った様子を見せた後、はぁと溜息をついて、上目遣いで恋次を伺いながらぼそぼそと喋り出した。 「だって縛道っていうからよ。折角だから上手く行ったらてめえ押し倒せるかなって思ってよ」 予想外の言葉に、恋次が固まる。 いや、嫌だというわけではないのだが。余りに意外過ぎる言葉だった。 だって彼は本当に修行に夢中に見えたのだ。まさかそんなことを考えていたなんて、夢にも思わなかった。 「……別にそんなん使わなくたっていいじゃねえか。無理矢理が好きか?」 「違うけどっ。お前がこっち来てから、全然やれる時間なかったし。てめえ、折角二人っきりなのに難しい顔して真面目に修行してっし。 言い出せねえなー……とか思って」 「……」 「ば、馬鹿にしてんじゃねえぞ!別に我慢できねえとか、そういう話じゃねえんだからな!ただ、てめえが傍にいんのに、 全然触る機会もないし、二人っきりになったこと自体久々だし、そういうの考えたら嬉しいけど複雑だし」 何だというくらいの、簡単過ぎる答え。欲しかったのは、自分だけじゃなかった。 にやけそうになる顔を抑える。恋次は、湧き上がる感情をなんとかプライドで我慢した。 「縛道なんて、きっかけで良かったんだよ。上手くいったら、ちょっとキスでもして、その、…… 少しだけ、俺のこと見てもらおうと思ったんだよ……」 (駄目だ、こいつ、……可愛過ぎる) 恋次は、思わず降参とばかりに、ぽつりと言葉を洩らした。 「なぁ、一護」 「あぁ?」 照れ隠しに、一護は乱暴な調子で言い返す。 恋次はそれにも機嫌を崩さず、一護を覗き込むようにして低い声で尋ねる。 「ここって、誰も来ねえと思う?」 「……」 「しねえ?」 「……」 一護は眉間の皺を深めて、顔を赤くして、誰もいないのにきょろきょろと辺りを見回して。 「一応、こっち」 目敏く物陰を見つけると、恋次の手を取って引っ張る。 「すんの?」 優しい目をして恋次が問えば、「誘ったくせに今更だろ!」と怒ったような子供の声が返ってくる。 それが心地良くて、紅い死神は、前を向いている一護に見られぬよう、嬉しそうな顔をした。 Fin.
縛道物語に見せかけて、一護自身に拘束されまくってる恋次ということで。
ばかっぷるですいません。 やっぱりおかあさんな感じだよ恋次。 バウント編の例のあれですよ二人っきりで朝までランデブー編。 この後モーニングコーヒーです。 「朝までやりあっちまったぜ」ですから。 だって久々なんだもん。若いんだもん。しょうがないじゃない。 らぶらぶなんだからしょうがないじゃない。 しかし攻受微妙だなぁ……(笑)一恋なんですよ。気概は。 まぁリバスキーなので、個人的にはうっかり逆でもあんまり問題はない。 色々とアニメネタ。美味しければ使うべし。 Joyce 執筆(2006/07/17) 更新(2006/08/06) |