目が覚め、ふと視線を上げる。 一人寝の侘しさ、性的な意味ではない、精神的なもの。 誰でもいいわけではない、あのひとがいない、それだけ。 室内の冷め切った気配、あまりの差異に瞳を閉じる。 夢の中。 彼女には逢えなかったが、お前を見たような気がしたのに。 一人寝の切なさ、想う相手がいるからこその、性的な意味も、精神的な意味も、全てを含んだ感情。 体が騒いで落ち着かない、だからといって他の相手も見つけたくない。 あのひとが欲しい。 寝苦しさに息を吐く。彼はもう眠りの中だろうか。 から、と障子を開いて恋次は空を見上げる。 深夜の冷え切った空気に、頬を冷やされて、思考も一緒に冷えた。 きっと夢でも見たのだろう、彼の声を聞いた気がした。呼ばれた気がした。 そんなわけもない、あのひとは俺のことを考える夜などないだろう。 疎まれているかも、しれないのに。 ふ、と苦笑して、部屋から出る。 夜風が中途に温い肌に心地いい、寝巻きの合間から滑り込むそれに体を任せる。 ひたり、と耳か肌か、自分の感覚的なところがざわついた。 馴染みの霊圧、嘘のような間の良さ。いや、悪さか。 「隊長……?」 こそりと掛けた声に、本当に返事があった。 「夜分に済まぬな。起こしたか」 庭から訪ねてくる貴族の姿に驚いて、恋次は呆然としていたが、急いで形を正した。 正座の姿勢を取り、手を腿に置いて用命を賜るために頭を垂れる。 「急ぎのご用件ですか」 畏まった恋次を見て、手を上げてそれを止める。 「いや、特に何があるというわけではない」 「は?用があるんじゃ……」 「ない。だから済まぬと言った」 「じゃあ……」 「散歩がてらに、お前を訪ねただけだ」 夜の気配の中、朽木白哉が薄く笑う。 「お前が起きなければ、ただの散歩で終えるつもりだった」 「え、っと。起きてました……じゃなくて、起きてる俺がいたら、どうするつもりだったんですか」 「どうする、とは」 「あ。いや、そういう意味じゃなくて、って何言ってんだ、俺。そうじゃなくて、ですね」 動揺した彼を見ながら、長い黒髪を少しだけ揺らして、男が笑う。 「私をここに立たせたままにするつもりか、恋次」 「あ!あのっ、みっともない格好ですし片付いてないんですが、よろしければ」 「邪魔するぞ」 室内まで入り込んだ白哉の背を見ながら、僅かの時間逡巡して、赤い髪の男は障子を閉めた。 理性を保てる自信もあまりなかったのだが、何の話になるかもわからなかったし、彼が空を見たいと言うなら開ければ良い話。 そんな言い訳を自分の中でしつつ、ただ、二人になりたい気持ちがあるのも嘘ではなかった。 「あの」 沈黙が怖くて、顔を上げた恋次の頬に白い手が触れる。 びくりと首を竦めると、近い顔に、更に心音が早くなる。 何をされるのか、不安と期待が入り混じって、固まっていると、肩の上に軽く体重が乗せられた。 白哉の頭がそこに乗ったのだと感じると、沿わせた体の温度に、全身が強張った。 「た、隊長?」 「嫌か」 「あの、えっと」 「これ以上は乞わぬ。暫く許せ」 吐息で紡がれた言葉に、体が熱くなりそうになる。 同時に、言葉の意味の奥深くを考えて、少し泣きそうにもなった。 夢みたいな話だが、同じことを考えたのだろう。 (でも、想ってる相手は、きっと違う) 自分は彼を欲しがって、夢にも見たが、彼はきっと、最愛のひとを思い出している。 白哉の折れぬ心の強さは自らが一番知っているから、縋るような弱さをさらけ出されて、弱る。 その原因まで思い当たるから、こんな時は簡単に手も出せない。 一途に想う相手が彼にはいる。 勝つことなど考えることすらできない相手。既にこの世からいない相手。 彼のこれから永劫の時間と心を奪って去ったひと。 何度か、焦がれて彼を求めた。彼は受け入れた。 ただ、それは気持ちを拒絶するのではなく、彼が許しただけのこと。 気軽に手を出せる相手ではない、一度受け入れられてからもそれは同じだった。 抱いた翌日は顔もまともに見られない、いつ殺されてもおかしくなんてない。 気持ちを繋いでいないから、彼の気が変わって、自分を許容しなくなれば、すぐに消される絆。 するりと背中に手が回って、抱きしめられる。 予想外の行為。きっとこれで先ほどからばくばくと煩い心臓の音が悟られてしまっただろう。 みっともない、少しは頼りにされているからだろうに。 こんな時にも自分は下心しか見せられない。なんて酷い。 僅かでもいい、彼の寂しい気持ちも、無くしてしまった時間も、支えてやりたいと思っている。 そうしてあげなくてはいけない時機。なのに、どうしても欲しい。 震える手が、憧れのひとの背中の後ろで、精神と戦う。 引き寄せたい。忘れさせたい。 想って、欲しい。 寂しさを埋めるだけの相手でもいい。一夜だけの恋でいい。 自分だけを考える、それだけの時間くらい、許してはもらえないだろうか。 (このひとが好きなんです) 緋真様、許してください。 どうしても、どうしても欲しいんです。 彼はあなただけを想っているから、それは絶対に間違いないから。 汚れた手段で慰める俺は許さなくていいから、それを受け入れる彼の優しさを、許してください。 肩を掴んで、体を離させる。 す、とすぐに顔の上に来る視線が見ていられなくて、目を閉じて口付けをした。 乞う気持ちを露に、薄い唇の上に捧げる。 恋次、と名前が囁かれて、胸が苦しいからきつく抱きしめた。 「だめですか、隊長」 「誘ったのは、私だろう」 「そんな、こと。それに、そうじゃない。アンタを想って良いかってことです」 「想って良いか、とは?」 「わかってます、駄目だってわかってるんです。でも、アンタじゃなきゃ嫌だ、アンタしか考えらんねえ」 「傍に居たいんです」 白哉が、その言葉に、僅かに表情を変えた。 黒い瞳が淡い感情に融解して、赤い瞳を見詰める。 「お前は、本当に忠義が過ぎる」 「違う!忠義じゃ、こんなことできません。できやしません。すみませ……」 「謝るな。それから、それほど喜ばせるな」 「え」 「お前恋しさに、時間も考えずここまで来たのに、そんなことを言われて私がどう思うと思う」 「俺、を」 「何度も言わせるな。お前が欲しくて来た。頼むから、もう少し抱いていてくれ」 すぐに腕に力を篭める。体の力を抜く白哉を支えるように、沿わせるように、ぎゅっと強く。 「嘘みたいです。いや、夢なのか……?」 「馬鹿犬が。私の手がわからぬか」 「だって」 「お前は聡いのに、どうしてそう、私の心がわからぬのか、不思議でならぬ」 「すみません」 「だから謝るなと言ったろう。恋次、私を見ろ」 瞳が、生きていた。 黒い瞳が、蝋燭だけついた明りの中、ちろりと炎を宿して語る。 「傍に居ろ。今宵も、これからも、ずっとだ。嘘に聞こえるか」 無言で首を振る。応えられない。傍にいていいだなんて、こんな甘い許しを。 「アンタが、俺のこと、なんで」 「お前もどうして私など選ぶのだ。よりによって。面倒だろうに」 「いいえ、いいえ、アンタが良いなら、俺はずっと傍にいるから」 白哉から唇を重ねられて、言葉を途切れさせる。 「傍にいろと命じたのは私だ、わかるな?」 「……はい」 「それを望んだのは、お前だ。間違いないな?」 「……はい」 「……お前が、知っているよりも、おそらく私はお前を望んでいる」 「アンタが好きです」 「知っている」 「わかってます、言いたいんです」 「だから、あまり喜ばせるなと言うのに……」 溺れそうだ、と言いながら背中の着物を掴む手が愛しくて、ぐるぐる止まらない感情のまま、首筋に口付ける。 夜明けと共に消えないように、せめて何か残したくて、刻む印をつけた。 朝に起きたら、もう一度伝えて、夢ではないことを明日の自分に証左しよう。 Fin.
百合、かなぁと思いつつ書いていた。
ファーストネーム呼ばわりがなんかこう、下に見ているとはいえ近しさを感じさせるのです。 数ヶ月とはいえ、副隊長職を務めた男にゆるゆると慣れて、心を許してしまえばいいよ隊長。 Joyce 執筆(2006/06/15頃) 更新(2006/08/06) |