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ふとした拍子に目を奪われる。 午後ってのはどうしたってかったるい。 腹も膨れて眠いし、身体動かす方が好きなのに立場が上になってくると増える雑務がそれを邪魔する。 出張任務ならともかくも、時間が決まった訓練は朝と夕の二回。 どちらも必ず立ち会えるわけではないし、立ち会ったとしても書類仕事から逃れられるわけでないし。 酸素不足の頭がそう見せたんだ。そう思いたい。 光の足りない室内で、手元に視線を落とす白い顔。 す、と静かに動く黒い瞳は、ずっと落ちている。 視線が気付かれないのをいいことに、よく回らなくなっている頭のせいか、ああ、と気付いた。 改めて見ると、凄い美形だ。美男というより美人。 貴族という血のせいか、整った美貌に気品が加わり、空恐ろしいほど美しい。 こんな奴が、いんのか。 男なのに花を飾っても似合いそうだ。 本人も割合好きらしい。貴族の趣味というやつか、部屋にはいつも生け花が飾ってある。 食えもしないものを金をかけて傍におくというのは、狗吊出身の恋次にはわからない行為だ。 だが、ルキアも花を摘んで微笑んでいたことがあった。あれは女だからだ。 男勝りの性格と男みたいな喋り方をしていてもあれは女だ。彼女は、そうだった。 だが目の前の隊長は紛れもない男で、なのに花が嫌になるくらい似合う。 こんなに整った顔をして。 妻を亡くしてから長いというのに、浮いた噂がないのはおかしいのじゃないのか。 それとも女はこの手の美貌は好かないのだろうか。 (まぁ、気持ちがわからないでもねぇが) 自分より美しい男など、おいそれと相手にできないだろう。 自発的に誘うこともできかねるはずだ。 相手は護廷十三隊の隊長で、しかも四大貴族のご当主だ。 愛人を、数十人とは言わないでも、両手の指の数くらい抱えるだけの財力だってある。 それなのに、噂の一つもないというのは――――。 ルキアを、娶るようなつもりで受け入れたということだろうか。 最初は、それが心配なだけだった。 養子という名目で連れて行かれて、彼女は幸せにやっているだろうかと。 口さがない者が言う噂が耳に入ってくる。 「貴族に買われた下民の娘、何をさせられているか知れたものではない」 視界が赤く染まるくらい、怒りが込みあげた。そんな、こと。 ルキアの手を放したのは、そんな馬鹿な噂に晒すためでも、勿論貴族の男の慰み物にするためなどでもなく。 唯ひたすら、幸せを望んだだけだった。 六番隊の副隊長として傍に来るまで、そういう噂も聞いていたから、どうしたって斜に構える。 元々彼女に手が伸びる位置まで行くつもりだった。 この男が幸せにしないなら、奪い返して自分がそうするつもりだった。 自分にとってルキアはそういう女だから。たった一人残った、守るべき相手だから。 その美しさが、時を止めた剥製みたいなものだと理解したのは、それから暫く経ってからだった。 傍に居て、彼と行動を共にする時間が増えて、発見したことがある。 生きていない。表情が。 目も、言葉も、何もかもが。彼の時間は止まっている。 昔の行動を繰り返すような、なぞるような、そんな生き方。 亡妻を偲ぶやり方として、彼が選んだ生き方。 そんな生き様を傍で晒されては溜まったものではない。 いつか自分の時も止められてしまう気がする。自分は進まなければならないのに。 ルキアの幸せを確かめるまで、それが出来る位置まで、高みを目指さなければいけないのに。 この男の、歪みきった愚直な生き方に晒されて、辛かった。其処に迷いがないから。 迷いのある自分とは、全く異なる行動原理で、朽木家当主の時間は構成されていた。 それでも傍にいることで、彼と刃を交えた騒乱の後で、一つだけ気が付いたことがある。 ただ例外的に、黒崎一護を見る時だけ、白哉の目に生が宿る。 黒崎一護に、それだけ惹かれるものがあるのか。 それとも、やはり過去に居た男を思い出しているのか、恋次には判別がつかなかった。 ただ、自分にはさせられない表情を、あの人間が朽木白哉に強いている、という事実のみが胸を苦しくする。 自分の手は、いつだって欲しいものには届かない。 それを認めるのだけは嫌だった。自分は、彼を、彼だけを超えるべきものとして目指しているのに。 そう伝えたのに。視線の内に、彼が自分を留めたのはほんの僅かな時間だけ。 だから全員帰らせた後の執務室、蝋燭の明りだけの薄暗い部屋で、声をかけた。 返ってきた視線は想像通り死んでいたから、小さな火が反射したその黒い瞳を奪いたくて、肩を掴む。 彼は抵抗しなかった。 (抵抗を諦めたわけじゃない、端から抵抗しやがらなかった) ぐ、と抑えかけた衝動が行動を起こさせる。 我慢しようとしたのに脆くも目論見は崩れて、引き寄せられる。 勢いのままに唇を押し付ける。 目を閉じもしない彼の、その人形みたいな顔に腹が立って、悔しくて、肩に爪を立てた。 それでも、彼は動じない。 唇を離せば罵声にすらならない蔑みの言葉が降って来るはずで、だから長い口付けを続ける。 だらりと流された白い手は、自分を押し返しもしなければ、引き寄せもしない。 戸惑いもない。冷ややかなだけの夜の闇が瞳の中に在る。 上等だよ、抵抗にも値しない閨事かどうか、身体で確かめろよ朽木白哉。 きつくその体に抱きついて、視線を逃げずにきっちり合わせてから、もう一度唇を奪う。 ほんの僅かに乱れた息の重さが暗い喜びに繋がって、喉元に噛み付く。 反り返る背筋を抱きしめる。 ああ、それでも。 彼の目に反射されている自分の顔が、一人遊びの様相で、自嘲の声が心の内で止まない。 肉の剣で彼を刺し殺す刹那も、きっと彼の心は此処にはない。 「アンタの幸せはどこにあんだよ」 「ルキアは緋真様じゃない」 「ルキアは、緋真様とアンタの子供でもない。現実を見ろ!」 そう言って、犯した。欲情の方がまだましな、乱れた激情を叩き付けて。 亡妻と旧友の幻影に遊ぶだけ、そんな腑抜けが俺の上司だなんて。やっていられない。 「こっちを見ろよ朽木隊長!」 アンタを抱いた男を見ろよ。 そのどろりとした黒い目で見てくれよ。 「お前は、何がしたい」 「アンタが許せない!アンタが!ルキアを奪ったアンタが、俺を見ないアンタが!人間如きに心奪われるアンタが許せねぇんだよ!」 「何の話だ」 「一護が、そんなに気に入ったかよ。志波家の男にそんなに似てたか?全く兄妹揃って――――」 「恋次、それがこの行為の理由か」 「ああそうだ!アンタが俺よりあんな子供を選ぶから!俺は四十年、四十年アンタだけを見てたのに。アンタはあっさりあのガキに心をくれちまったから」 「私は――――」 「時間を止めた生き方でも、アンタが選んだことだから、俺は許容してたのに。アンタは、あんなガキに、その時間を動かさせた」 「……」 「どうして俺にはできない。どうして!どうして!?アンタのことばかり見てたのに、俺じゃアンタを動かせないんだよ!? そんなに俺はアンタにとって価値はない?抵抗する価値もない?俺はアンタを見てるだけで終われって?そんなの嫌なんだよ!」 「恋次、それくらいのこと、わかっている」 「……あ?」 「黒崎一護が、誰に似ていようと、別のものだ。妻とルキアが、違うものであるように」 「……」 「それくらい理解している。そこまで呆けてはいない。ただ」 「ただ……?」 「全てを忘れて、呆けられるような、弱い心で、弱い立場の、ただの人間であったなら」 「……もういい。もういいよ、隊長」 「再び誰かを愛しく想うことも、できたかもしれぬ」 「アンタが強いのは知ってる!だから、もういい、無理にでも泣いちまえばいいんだよ、アンタみたいなひとは」 「お前を、愛しく想えたのやもしれぬ」 「うるせぇよ……大嘘吐き……」 「お前の方が泣きそうだな、恋次」 「はっ、馬鹿くせぇ。どうだよ、身体の方は大丈夫か、……朽木隊長」 「強姦にしては抱き方が優し過ぎる」 「お綺麗な顔に傷はつけたくなかったんだよ」 「墨を入れたお前がよくも言う」 「……笑うなよ。アンタが、そんな笑うと」 「笑うと?」 「俺を見てくれたみたいな気がして嫌になる」 「私はお前を見ていると思うが」 「……ほんとに、大嘘吐き野郎だよ、アンタ」 くそ、どうしてこんな男が俺の心の真ん中にいるんだよ。 最低だ、絶対俺を見ないのに。 俺から全てを奪うこの男から、奪えるものなんか身体くらいしかなかった。 情けなくて、震えそうで、それでも諦められないだけ募らせた想いがある。 その男の美しさは、外見の美貌だけではなくて。 心の中で一輪咲かせた、亡妻と旧友、その二人だけに捧げた想いと時間の全て。 その潔さが哀しいほど美しいのだ。 そこに全てを繋いで、尽くしているから、彼の今は終わっているも同然だ。 そんな終わったはずの、抜け殻の彼を目覚めさせたのは自分ではないから。 だから、こうして叩きつけて、馬鹿をやる。 傍に居るのに届かない、口にも出せない。 俺の恋は、始まった瞬間から、きっと死んでいた。 あとはただ腐りゆくだけ。そんなものを抱えて、アンタの傍で、愚図愚図と燻るのも、何時までだろう。 アンタが綺麗な分だけ、この感情は生き地獄になる。 Fin.
兄様に惚れたら、きついと思うな……。
一護とルキアっていう過去の生き写しを前にして、腹据えて口説けるかっていうと難しいと思うのです。 兄様が惚れてくれるなら、それは上手く行くかもしれないけれど。 恋次は愛情を与えてくれたひとには報いるタイプだし。 しかし過去しか見てないあのひとに惚れたらそりゃあもう……。 が、頑張れ恋次! Joyce 執筆(2006/06/15頃) 更新(2006/08/06) |