檜佐木修兵、今年の抱負は?と問われて、酔いで赤くした顔のままやおら席を立つと、居酒屋の中心で、叫んだ。

「今年の、目標はァっ!!乱菊さんに、乗っかることです!!」

まだ酔いきっていなかった恋次は、衝動のままに、放言した修兵を殴った。それはもう思い切り。ばこっという音とともに。
酔っ払って少し気が大きくなったイヅルは先輩の背中を蹴った。後ろから。殴られて痙攣している修兵の背後からこっそりと。

日番谷は、修兵に向かって微笑んだ。優しげに。
「てめえ、そんな薄ら寒い格好で俺に喧嘩売るたぁいい度胸じゃねぇか」
言葉と共に、周囲に氷の花が咲いた。よく見れば背後に青い氷結した羽も生えている。
居酒屋の卓に、うっすらと霜が降りていく。
しかし袖無し死覇装の修兵は今や意識なく、そんな台詞も聞こえてはいない。

当の乱菊は猪口を掴んだままげらげらと笑っている。
「あははははは!あたしに勝ったら考えてあげる!でもアンタ弓親に負けたんだって!?ださっ!」
「お前も飲み過ぎだ!」
「隊長!隊長もう一献!」
「ああもうっそろそろ帰るぞ!」
「やだぁ隊長、もっと飲むー!」
袖を掴んで引きとめようとする乱菊を、日番谷は苛々した声で一喝した。
「松本てめえいい加減にしろ!」


霜がついた着物の袖を払いながら、イヅルが言った。
「夫婦喧嘩っぽいよね……」
「いつの間にか、すっかり出来上がってるよな……」
恋次も酔いが冷めた。キレた日番谷は即席の酔い冷ましである。
涼しさを越える実際的な寒さと鋭い眼差しを寄越す彼を越える酔い冷ましは、今のところ他にはない。
仲良く、というか、意識が混濁しかけている乱菊と、その手を引いて帰る日番谷の後姿を見送ってから、二人は揃って眼下の男を見下ろした。
「先輩って勝てない勝負に挑むの好きだよね」
「金はねぇし酒もべらぼうに好きだし間男買って出るし、ってか?碌なもんじゃねぇなぁ」
「僕さぁ、霊術院のとき、先輩にちょっと憧れと嫉妬みたいなのあったよ」
「お前のが才能ありそうとか言ってたじゃん」
「いや、でもさぁ、静かに淡々と任務こなす姿とかさぁ、格好良かったじゃん」
「まぁ、なぁ」
「何でこんなひとになったんだろう」
「いや元がこうなんだろ?猫被ってたというか。公私区別してるというか。今だって仕事はやってるわけだし」
「何でこんなひとが仕事できるんだろう」
「お前何気に酷いこと言ってんな……そのへんは秘訣を先輩に聞けばいいんじゃね?」
「そうしてみようか。せんぱーい。起きてー」
「檜佐木さーん。……おーい副隊長、俺のそんなに効いたわけ?」

むく、と起き上がった修兵は目がまだ空ろだ。
ぼんやりとした焦点が、恋次に合って、それからイヅルに合う。
あれ?と首を傾げるようにして、きょろきょろと辺りを見回す。

「乱菊さんは?」
「帰ったっすよ」
「はぁ!?何それっ、俺置いてかれたの!?」
「別にアンタのじゃないでしょ。何その置いてかれたって」
「だって告白したのに!」
頭を抱えて言う修兵に、恋次は怒鳴るように返した。
「あれを告白というか!アンタ最悪!マジで最悪!」
気にも留めずに、修兵が溜息を吐きながら言う。
「だってすっげぇ好きなのに」
それが恋する乙女のようにうっとりとした声だったから、恋次とイヅルの二人は顔を見合わせた。
椅子に座り直した修兵に、金髪の青年が尋ねる。
「どのへんが好きなんですか、先輩?」
「胸のでかいとことか。それを隠さないところとか。見せつけてくれるとことか」
「全部胸の話じゃねえか!馬鹿じゃないのアンタ」
「先輩は見るとこわかりやすいですよね……」
「何だよてめぇらはあのひとに惹かれないわけ?それは男としておかしいぞ」
「いや……魅力がないとは思わないっすけど」
「僕たちにはこー、ちょっと」
「荷が勝ち過ぎるというか」
「どうしたって尻に敷かれるだろうし」
「馬ッ鹿野郎!あの尻に敷かれてぇとか思わねぇのか!」
握り拳で力説した檜佐木修兵に、後輩二人は揃って叫んだ。

「「ア ン タ が 馬 鹿 だ !!」」




結局あの後もしつこく飲み続け、自身も酔いまくったことを言い訳に先に帰ったイヅルを恨みながら、 恋次はいつもの荷物を抱えて帰途につく。
今日はなんとか歩けているが、下手をすると抱えて帰らなくてはいけないのだ。
ふらふらと千鳥足の修兵は、赤い髪の男の眼前を危なっかしくふらふらと歩いている。
後姿を見守るというか、いつ吐くかと警戒しながら修兵の家までたどり着くと、ほっと胸を撫で下ろした。
が、その矢先に盛大に玄関に倒れこむ先輩の姿に慌てて駆け寄る。
このまま帰れると思ったのに、結局介抱コースに突入のようだ。


勝手知ったる他人の部屋。修兵を当座、居間に転がして、布団を敷く。
喉がからからに渇いている。修兵を布団に連れて行く前に、台所を拝借して恋次は水を飲んだ。
くいっと流し込んでから、一応修兵の目の前にも湯飲みに入れたそれを差し出す。
よろよろと手を伸ばした男は一気にそれを喉に流し、手の甲で口元を拭いながら、お返しのように恋次に手を伸ばす。
大きな手はそれを支え、引っ張り、引きずり上げた。
なんとか立つことに成功した修兵を肩から支えて、寝間に運ぶ。
開けておいた布団の隙間に転がしてやれば、これで恋次の仕事は終了だ。
ごろん、と大きな体躯を転がして、布団に縋る酔っ払いを見、今度こそ恋次は息をついた。
あとは早く帰って自分も同じように寝てしまいたい。

そう思うのに、袴の裾を掴む馬鹿な男に気付いて、顔が引きつった。
今何時だと思ってんのアンタ。もういいでしょ、俺帰りますよ?

「もー恋次ぃ、振られたの慰めてくれよ」
全然話を聞いていない彼に、恋次は怒鳴りたいのを抑えてなんとか返事を返した。
まだ焦点が呆けている修兵に怒鳴ったとして聞く耳を持つわけがない。普段だってまともに話を聞かないのだから尚更だ。頭が痛いのは気のせいではないだろう。
「振られてないじゃないですか。考えとくって言ってましたよ」
「マジで!?でもそれ体のイイ断りじゃね?イイと思ったら普通持ち帰ってくれるだろ?」
「持ち帰られたいのアンタ?それは無理だな、あっちは保護者ついてたから」
「日番谷隊長かァ、そんなにイイのかぁ?体ちっこいじゃん。俺負けないよ?頑張るよ?尽くすよ?特価大奉仕サービスだよ?」
「アンタが言うと凄く卑猥な意味にしか取れないんだけど、それ俺が悪いんですかね」
「えっそれ以外にどう尽くすわけ」
「……だーかーらー、そういう点が負けてんじゃないの!?体しか見てない辺りが」
「だってあれに目が行くのはしょうがないだろ」
「わかりますけどね言いたいことは」
「結構その気だったのになー。今日ならいつもより頑張れそうなのになー」
腰も立たないくせに何を言うか。恋次は心の中でだけ突っ込んだ。
「はいはい、じゃ、色町でも行ってきて冷ましてきてください」
「いーよもう今月金ねぇし。あ、お前今夜空いてる?」
黒い瞳が、少しだけ世界に立ち戻ってきた。そんな風に見えて、恋次は慎重に、そのくせ正直に返答を返した。
「……帰って寝るつもりですけど」
だってこんな時間。これから行くならそれこそ色町しかない。
今日はもうそんなのどうでもいいから寝たい。これが正直なところだ。
修兵は返事ににこーっと笑んで、手をぱたぱたと振って恋次を呼んだ。
来い、というその仕草に、素直に巨躯を屈める赤い髪の死神。
修兵は笑いながら内緒話でもするように手を添え、声を潜めて言った。

「じゃ、俺と寝よう」

一瞬間を置いてから、恋次は修兵と目を合わせた。にぃ、と細まる黒い目に呆れる。
「……なんか凄いこと軽く言いましたけど、マジで言ってんですか?」
「おう。大丈夫!俺上手いから!」
なんだその理屈。思わず男は絶句した。
「……」
修兵は上機嫌に笑ったままだ。
「何、ときめいた?」
恋次も思わずにこりと笑った。内心は真逆だったが。
「どこぶん殴ってやろうか考えてたんですよ。どこがいいすか檜佐木さん」
「俺もどっから攻めようか悩んでるぜ。さーて、どこが弱いかな」
ぺろりと舌なめずりをして、恋次の襟元を引っ掴む。
思い切り引くと、中途半端な後輩の姿勢は崩れ落ちた。うお、と声を上げて膝をつく。
乱暴な所作とやけに優しい笑顔、その差が恋次を苛つかせる。
「先輩、マジで怒りますよ?」
「何で?」
「普通怒んだろう!何なのその言い方!それが後輩への言い草かよっ」
「後輩だから言えんだろ?先輩にゃ言えねぇだろ?」
「アンタ本命が乱菊さんでしょ?好きなら好きでちったぁ一途になってみろよ」
「だって振られたもん」
「だからさぁ、粘ってみるとか!いや止めといた方がいいとは思うけど何でこっち来るの」
「え、楽しそうだし」
「あのさぁ……」
「だってお前俺のことスキでしょ?」
当然だろ、という言い方で言い切られ、恋次は殆ど詰まることも無く言い返した。憮然とした言い方になったのはしょうがない。
「……好きの意味が違う」
「意味なんて一杯あって当然だろ?どれだって変わんねぇって。一線越えたら慣れるから。そーいう齟齬とか差異とか。つか、好きってとこは否定しねぇのな」
「うるせぇなぁ。多少は好きでもなきゃアンタみてぇな馬鹿を一々家まで送らないでしょ?そういう健気な後輩に向かってさっきからホント何なんすか」
「じゃあ言ってみ?どういう『好き』なワケだ?」
「仕事ができる九番隊副隊長を慕ってますよ。私生活もちったぁ骨があるといいんですがね」
「俺は今のなんとか頑張ってる六番隊副隊長も愛してるけど、阿散井恋次、お前のことも院生時代からよっく見てるし、好きだぜ」
「なんとか頑張ってるってなぁ……ってこの手はなんですか」
頬に掛かる手を退けようとしても上手く行かず、二人で力の拮抗を作る。

妙に甘ったるい声で修兵が言った。
「キスしよ」
恋次は、目の前でぱん、と手を払い落とした。
「だから、酔っ払いの相手はごめんです」
「えーいきなりおっ始めるの雰囲気に欠けんだろ。一応キスからしとこうぜ」
「だから始めるの前提にしないでください。俺帰って寝たいです」
修兵は両腕を広げて、恋次の首にぎゅっと抱きついた。至近で綺麗な笑みを浮かべて言う。
「うちで寝てけ!朝飯作ってやるから!」
「可愛くないからそんなこと言っても!ちょ、マジで脱がさないでください脱がないでください」
片手で自分の死覇装、もう片手は恋次のそれを緩めていく黒髪の男に焦らざるを得ない。
「恋次、おら、もっと寄れっつの。ああもういいや、俺が行く」
修兵は修兵で、抵抗されるばかりが面白いはずもなく、面倒になってきたので、肩を鷲掴んで布団に押し倒した。


天井と自分の間に修兵がいる視界に驚き、倒された姿勢に気付くと、恋次は瞬きをした。
明らかに不利な体勢、そんなことより行動の真意がわからない。
ふざけているのか?ならばやり過ぎだろう。酔っ払いの行動にしても行き過ぎだ。そろそろ殴っても良いだろうか。

「檜佐……木さん。アンタ、本気なの?」
「おうよ。今日は帰しません」
きっぱり言い切る修兵の顔はまだ少し赤い。明らかに酔いのせいだ。目はまともに戻ってきたが、どうやら脳はやられたままらしい。
「あのさー、だからさー……」
恋次の言葉を遮るように、やけにきびきびとした言い方で修兵は宣言した。
「本命が乱菊さんなのは昨日までの俺です。振られたら男としてはすっぱり諦めます。今日からは恋次にする」
「する、って」

檜佐木修兵は恋次を組み敷いたまま、不敵に笑った。
女を射落とす時にするような、危うい殺気みたいなものを孕んだ目。色を含んでいるのだろう、認めたくない話であるが。
その黒い視線に差し込まれて、喉に剣を突きつけられたような、喘ぐような一息を恋次は零す。
だって女なら腰も砕けて食われてしまうような視線でも、恋次にはまさかそれが自分に下るとは思っていなかったのである。
この溜息は呆れたものなのか、動揺によるものなのか、混乱した恋次には判別がつかなかった。
「本命にしてやるから、大人しく抱かれろ、恋次」
「……あのさぁ、アンタ本当に口説き方ってもんを知らないひとだな」
修兵は指を伸ばした。まず額に巻かれた手ぬぐいを取り払い、入り組んだ刺青を露にする。
指でそれをなぞってから向かう先は恋次の髪紐だ。
「おー、口説かれてんのは伝わってんだ。じゃ、十分じゃね?」
修兵は笑顔のまま言ってのけ、恋次を絶句させた。
するりと紐を解き、ひっつめの髪を解放すると、一房持ち上げて唇を落とした。
甘えるその仕草に、ああそういうことか、と紅の糸を肩に流す男は、手の平で修兵の肩をぽんと叩いた。
「……遊ばないで遊ばないで檜佐木さん。わかったから寂しいのわかったから。今日は泊まるから」


「覚悟決まったか」
「じゃなくて。朝まで飲むの付き合うから」
受け入れられたかと嬉しそうにした後だったので、恋次の言葉にいささか機嫌を悪くし、責めるように大きな体に抱きつく。
きゅ、と抱きついてやっても、先までの動揺は恋次の上にはなかった。
あやすように背中を撫でる余裕がある。
それに気付いて、修兵の声のトーンが、幾分、落ちる。
「なんでだよ、抱かれてくれよ」
「見かけによらないな、先輩は。何マジで傷ついてんの。泣くなよ」
「……泣いてねーもん」
「うん、うん、マジで好きだったのな」
「違うもん。どーせ俺はあのひとの体にしか興味がねぇサイテー男だもん」
「んなことないって。わかってるから、大丈夫だから。な?」
「……俺モテるよな?男としてそんなに点数低くないよな?」
「うん、まぁ、とりあえずは」
「なんで本命には馬鹿やっちゃうかな?」
「うーん、結構ガキなところがあるんすかね」
「どうしたらいいかな。本気になってんのに誰にも伝わんないんだけど」
「軽々しく口説いてるように聞こえないように、努力してみるとか。難しいですかね?」
「軽い気持ちじゃなくてマジで乗っかりたいって思ってたんだよ……」
「だからさー言い方がまずいのは置いとくにしてもですね、せめて人前じゃないとこで言ったげないと。乱菊さんだからアレで済んだけど、他の女だったら張り手食らわされますよ」
「お前だって何十年もまともな彼女いないくせに口ばっかり」
「……真面目に答えてあげてんのに何で俺攻撃するんですか」
「だってお前抱かれてくれないし」
「まだ言ってんですか。そーいうのは感心しねぇですよ。しつこいのは嫌われますって」
「恋次、しようって」
「そっちに話が行くなら帰りますよ」
「最後までしないようにするから」
「……どこまでならする気なんだアンタ。ていうかその言葉自体が信じられないし。体勢やる気満々だし」
普段どおりの会話ではあるが、布団に押し倒された尋常でない事態は変わっていない。
圧し掛かる男の体を早く退けようとして、両腕で押し返そうとした恋次に、修兵は視線をしっかり合わせて言う。
「咥えてやるから」
熱っぽい目に事態の深刻さを感じ取り、体の中の焦燥感が一気に膨れた。
「いいから!しなくていいから!」
悲鳴のように言い留めて、抵抗する恋次にしがみついて、黒髪の男はまだ甘える気を捨てなかった。
「じゃあ妥協する。キスだけでも良い」
「だからー……」

ふ、と修兵の顔が歪む。笑っているようで、でも涙を零しそうな。
墨の入った端正な顔立ちは、視線を落とすだけでまるで悲劇の主人公だ。
絵になるくらい、誘引力が、ある。

「俺なんかとはキス程度も嫌かよ……?」
「……あー、もう、泣かないでくださいよ」
「泣いてねぇ」

辛そうに吐息を出してみせる修兵に、胸の中でもやもやとしたものが湧いて、ああくそ、と恋次は思った。
アンタと種類は違っても、スキだって言ったでしょ、俺。アンタのそんな顔、見たくないんですよ。
言わずに胸にしまえば、情が募って収集がつかない。
嫌な火がついたもんだと顔をしかめるが、腹の上の男が抱きついて離れないから、諦めがついた。

「わかった、わかりました。負けました。キスだけっすね?先に進むのなしですね?」
約束ですよ、と念を押すと、修兵の顔が明るくなった。
「あ、いいの?じゃあ、いただきます」
脱ぎかけの衣服をすっかり緩め、片肌脱ぎになってから、また目を細めて笑う。
「がっついてんじゃねえか!おい、キスで脱ぐ必要ねぇだろ?」
「これでお前がその気になった時のために、一応」
顎を手でしっかり固定してから、遊びとは言えない熱さの口付けを仕掛ける。
すぐに舌を差し込まれて、赤い瞳が戦慄いた。
すっかり瞳を閉じて没頭する修兵の顔を唖然として見ていたが、たまにわずかに寄る眉間の皺に気恥ずかしいものを覚えて目を瞑ってやり過ごす。
ちくしょう、と口の中でついた悪態ごと、修兵の舌に攫われた。
(男相手に、しかもアンタのための慰め行為だってのに、無駄に上手いトコ披露しなくていいから檜佐木さん!)
丁寧に絡められる舌に、少しずつ本意ではないものを呼び覚まされて、焦る気持ちと快感がない交ぜになる。
柔い部分をとことん舌の先で舐られ、唇を食まれる。
脳髄の奥が締まるような感覚は、息が足りないせいだろうか。
思わず意識がとろりとしかけたところで、思いがけない刺激に恋次の体が跳ねた。
袷から入り込んだ手が、広い胸板の上を泳いで、突起にまで到達していた。
指で捏ね上げられ、小さく息を詰めて目を見開く。

「ちょ、ん、んー…!!ん、っ、ひさ、…………っあ、……おい!」
無理やり体を押し上げられて、唇の端から透明の糸を垂らした修兵がそれを拭いながらぼんやり尋ねる。
「……は、……あん?……なんか言った?」
「っあ、は、ぁ……キスだけじゃないじゃん!胸擦んな!」
「手持ち無沙汰だから」
ああこれね、とにやにやしながら指を動かされて、大きな体がばたついた。
「アンタ殺すぞ!?って、あッ、…ん、……だからやめろって!」
「恋次ちょっと勃ってねぇ?」
袴の上から腰の下に手を伸ばせば、楽しい反応が帰ってくる。修兵は笑みを隠さず見せ付けた。
すっかり機嫌を戻して――――いや元から演技だったのかもしれない。
恋次にはわからないが、とにかく、綺麗な笑顔を振りまく男に遠慮なく撫で上げられて、息が上がる。
「だから触るなって!あっ、やだ、ちょ、……ひさ、ぎさん、……マジ、手ぇ……止め」
「とりあえず一発くらいは抜かせてくれよ。可愛がってやるから、ちゃんと」
あまりの言い草に殺意が湧いた。視界が怒りと羞恥で赤く染まったようになる。
空気が足りなくて、眼前の世界の色がおかしい。押し返したいのに身体も上手く動かないものだから、上から押さえ込まれれば簡単には抗えない。
その間にも下から上から何度も布の上から擦られて、膝が跳ねた。
悔しくて目尻に水が浮き上がる。
「……ッ、てめ、……後でぜってえ……殴る………」


赤い瞳が怒りで潤むのに、いやに色気を感じて、修兵は見入った。
唇の端がにんまり上がる。これはたまらん、本気で可愛がってやりてぇ。
真紅の色が、そのまま欲情を呼び起こす。
体の中の熱さで忘れたかったのに、今じゃ何を忘れたいのか判然としないほどには身が熱い。
(恋次にして、良かった)
思考を全て吸い取られる心地良さに、修兵が陶然と笑む。
肝心の思考は腹の下の男に読み取られたら、確実に殴られるものであったが、当人は満足気だ。
眉を顰めながら見上げる様も、徐々に抗いの力が抜けていく様も、予想以上だ。
無骨なごつごつした男の手なのに、着物の端にしがみつかれると、どうも可愛く感じてしまって、参る。
唇を眉間に寄った皺に寄せてから、修兵は緩んだ表情を見せた。


「はは、軽いって言われっけど、これでも俺いっつも死ぬ覚悟で口説いてるから。じゃなきゃあのお姐さんに保護者の前で告れねぇだろ?」
「じゃあ死ねっ、マジで後で殺す!」
「いいよ、腰立ったらの話だけどな。その代わりしっかり犯るから、精々感じてくれよ?」
「ッ殺す!……うあ、……!……!」
目を剥いて怒鳴ろうとしたが、腰帯を緩まされて言葉を失う。
その合間に滑り込んだ手に違う声を掴み出されそうで、恋次は慌てて唇を閉じた。
軽く噛むように声を殺すと、修兵の囁き声が耳に届いた。
「声出していいよ、恋次。うちなら誰にも邪魔されないから」
直接の刺激にくらくらしながら、矜持で威勢を張るような形になる。情けないとは思うが、握りこまれたものの状態も大概だ。
「……誰が聞かせ……るかっ、……っ馬鹿!」
熱さの中では良く吠えた方だと、揺らぐ視界の中で、恋次は自分を弁護した。震えた声は仕方がないだろう。
手を早めたり遅くしたりしながら、一々びくつく身体でまずは目の欲を満たす修兵は、罵声には勿論動じなかった。
というか、あんまり聞いていなかった。都合のいいことに、彼の耳には、喘ぎに近い短い吐息と少し高くなった恋次の声しか届いていない。
「そんなに唇噛むと切れんぞ。おら、血ィ出てる」
唇の端をぺろりと舐めてやり、血の味を舌に載せる。
頬にも唇を落とし、労わるような仕草と裏腹に、下を攻める手は激しさを増す一方だった。
「っあ、……やぁ、……檜佐木、さん!も………」
「さっさと逝け。次は俺だ」
「あああああっ……!」

拒否するように首を振って耐えようとする努力を無にするように、染み出したものですっかり濡れた先端を親指で刺激すれば、爆発させるのは容易かった。
泣き声で達し、荒い息をつく男の乱れた赤髪に唇を落とす。

「恋次、気持ち良かった?」
「……っ……っ…………!」
ぜぇぜぇ言うような息の荒さは快感の強さを推し量るのに、ひどく役立った。
修兵はその反応に満足して、吐息と体勢と思考を立て直すのに必死な恋次を抱きしめる。
「そか、良かった」
「……さ、最後までしねえって言ったな!?」
裏返った声は、抱きつかれて反射で出たものだ。ここまで来たら、どうしたって、先を意識する。
酔いのせいじゃなく熱い体に、萎縮して、先手を打つように制したつもりだったが、効果は薄い。
軽く首を傾けるようにして恋次の顔を覗いた男は、拒否を許さない完璧な笑顔で一応尋ねた。
「んー……駄目?」
「駄目!も、十分だろーが!ここまで人で遊んどいて」
命令に等しい絶対的な笑顔に臆すことなく言い返した恋次に、修兵は舌打ちをして笑みを収める。
「次は俺って言っただろ、お前だけ良くなってどうするよ。今日は俺の残念会だろうが」
「ここまで付き合っただろ、勘弁しろよっ!……だから、手……ッ動かすなぁ!」
「無理無理。お前、思ってたより全然エロいし。やらしてもらわないと今度は気分だけじゃなくこっちも収まんねぇよ」
ぐいと腰を押し付けられて、恋次はうっと色気のない呻きを洩らす。
逝ったばかりの腰に袴越しの感触はやけに生々しい感じがして、とても修兵の顔が見られず恋次は視線を逸らした。
赤い顔がこっちを向かないから、別にそれでもいいけど、と当てたまま腰を揺らせば、肩がびくんと揺れる。
素直過ぎて、面白いというか何と言うか。

「ああ、可愛がってやるんだから、痛くねぇようにとりあえず後ろ向けよ。その方がきつくないから」

腰を両手で挟みながら言った言葉に、赤い髪の男は地を這うような声で「いい加減にしやがれ」と返した。
だが、その首はまだ赤いから、修兵の気分はどうしたって冷めない。
嘘つきのこの男の髄までしゃぶるようにして、俺に喘がせてやらなければ。
そうしなければ収まらないのだと、上がる熱にむしろ身を投げ出して屈服する。
再び肌に沿わせた指に抗議の視線が来たので、せめて抗議の言葉は唇で奪う。
舌先が動くのも制して、甘えるように口付けを深くする。
拒絶の視線が柔らかくなってから、恋次、と囁けば、もうやだアンタと泣き言が返って来たので修兵は勝ったと思った。
「お前また勃ってんの。好きだね」
「覚えてろよ……」
「はいはい、しっかり殺しに来い。犯り殺しになら、何度でもな。大歓迎だ」

視線の色がまた一段と濃くなるから、もう面倒で、恋次は返事は返さなかった。
せめて瞳を閉じて、唇も閉じて、思い通りにならぬようにはしてもみた。
だが浴びる視線が肌を舐めるのを感じて、どうにも瞳を閉じたままではいられなかった。
次に何をされるのか、期待するように怯えるのは真っ平だ。
物言いたげに視線を上げれば、機を捉えたように降る唇。
「恋次」
蕩かす声が本気の響きを感じさせて、ああ、と力が抜ける。
今日から本命だなんて馬鹿な言葉遊び、今だけ信じたくなるくらいの手管と無駄に端正な顔が今すぐ殴りたくなるくらいにむかついた。

(知らないくせに。俺の本命が、統学院の頃からアンタだってこと)

それだけは絶対に言ってやらないと思いながら、体をまさぐる修兵の指に感覚を委ねる。
首に手を回してしがみつくのも、その匂いに溺れるのも、全部酔いのせいで、アンタへの同情なんだから。
言い訳でもしていないと気が狂いそうなくらいの刺激と胸の痛みと、それを全部混ぜ合わせた甘さで心身ともにぐちゃぐちゃになりながら、恋次は喘いだ。
一夜の遊びでも良いなんて、思わない。この熱さが欲しかったなんて、言わない。
込みあげる感情は愛しさなんかじゃないと思いたくて、助けて欲しいと懇願するような熱い溜息で誤魔化した。




Fin.



好きの意味が違う、は某因島バンドの誰かの台詞より。こんなところで使うなって話だ。ごめん男前。
恋次って泣き落としに弱そうです。
修兵は酔っ払ったフリして襲いそうです。
そんな素描。

なんかこう、両想いになってもどうしようもない感じがいい。カラブリ見てそう思いました。
体育会系だと学年が5年も違えば先輩って神にも等しい存在っぽくないですか。
その意識のせいか書いてみたら修恋は圧倒的に修兵有利でした。

アニメオリジナルでこいつら皆まとめて現世降臨するらしいのでお祝い代わりに(笑)
いちゃいちゃしやがれ野郎ども!

Joyce執筆・更新時(2006/5/21)



WJ中心ごった煮部屋へ。