「……あー……すげぇなぁ、ここ温泉まであんのかよ」 「……俺も驚いたなぁ最初は」 一護と恋次は二人、風呂に入りながら地下の洞穴の天蓋を見上げて呟くように会話する。 ルキアの処刑まで二十時間は切っただろう。 休憩など挟む余地もないと言った二人を温泉に叩き込んだのは夜一だった。 満身創痍で何を言うか、と言われれば返す言葉もない。 全身汗だくなだけではなく、ところどころから出血して、二人とも酷い有様だった。 卍解修行のためこの地下修行場で各々の剣精と対峙し勝負しているのだが、これがそう簡単には行かない。 斬魄刀の本体を具象化し、屈服させることが卍解の条件であり、一護と恋次が挑んでいるのがこれにあたる。 時間が限られていることもあり、その対決は死を賭さねばならぬほどの苛烈さで以って二人の肉体を極限まで痛めつけていた。 切れた肉を直さなければ、動くたび傷は開いていく。 限界を見て取って、夜一は修行の導き手として一時休憩を申し渡した。 言い返そうとした二人には、熾烈な霊圧をぶつけてやれば、反論はすぐに消えてなくなった。 「あ、恋次、お前さ、口ん中とか切ってねぇ?」 「あーそりゃあな……。今も血の味するぜ」 「ここさぁ、このお湯、傷治るじゃんか。口ん中入れっと治るぜー」 そう言って湯を掬って口に含む一護を見て、なるほどなぁと恋次も真似をした。 (あ、本当だな。すげぇ速さで治ってく) 恋次が口に含みながら、そう思いちらりと視線を上げた時、女の裸体が視界に入って思い切り湯を噴出した。当然一護もだ。 「な、な、アンタ何してんだ!」 「またかよ!夜一さん勘弁しろよ」 「また!?またってお前ら、ここで何やってんだ!?」 「別に何にもやってねぇよ!」 「うるさい小童どもじゃの。折角じゃからわしも交流深めようとしただけじゃ」 男二人は必死で視線を横に流した。ちょうど反対を向いて、嫌な汗が滲み出るのを無視する。 「深めなくていい!」 「夜一さんは後で入りゃいいじゃんか!俺らが修行してる時にでもよ!」 「わしに後風呂使えというか、一護、大層な口を利くようになったのう」 「そういう意味じゃねぇー!」 「お」 ふと夜一が、感嘆して声を挙げる。 「恋次、お主、随分鍛えておるのう」 「ああ?」 自分のことが話題に上がって、ついそちらを向こうとして、首を痛めるような勢いで元に戻した。 ちゃぽ、と湯水の音がする。一護が、こっち来るんじゃねぇと悲鳴を上げた。 「夜一さん!今日も猫の姿でお願いしたい!」 「まーまー固いこと言いっこなしじゃ。見ても怒らんから安心せい」 「そういう問題じゃねぇ!ぶっ殺すぞアンタぁ!」 見ないように見ないように、と念じながら恋次は二人の会話から意図的に身を退いていた。 しかしその体を横からじぃと見詰めながら、夜一が言う。 「いやぁこりゃ中々じゃの。手合わせ願いたくなるくらいじゃ」 「あ?俺は蛇尾丸と戦うんで忙しいんで……」 「何?この美女の誘いを断ると。久しぶりに若い男喰らうてみたいと思ったのに残念じゃなあ」 (そっちの手合わせか――――!!) ざーと背筋を寒気というか恐怖というかが走って、恋次は隣にいた一護の肩を掴み、ぐっと自分の前に突き出した。 「な、何だよっ」 「若さで言ったら断然こいつのが上なんで!」 「汚ねぇ、てめえ俺生贄にしやがって!」 「ふうむ……まぁ確かに一護の童貞も食ってやろうとは思うているが」 「思うなよ!」 一護の悲鳴はしっかり無視して夜一の思考は続く。 「一護は現世に帰ってからでも喰えるしのう。それを考えるとやはりここは阿散井恋次、お主を試しておきたいところじゃが」 「ほらっ、恋次、ご指名だ!良かったな!」 時間の猶予ができたせいか、一護はあからさまにほっとした。 ぱん、と肩を叩き帰されて恋次は赤い瞳でぎりっと一護を睨んだ。 「しかしお主ら失敬じゃのう。わしはそれなりに顔にも体にも自信があるつもりじゃったが。誘われて光栄とか思わんか?」 「とんでもねぇっす……」 「むしろ辞退させていただくことが光栄です夜一さん」 なぁ、と二人が慌てて頷き合うのを見ながら、褐色の肌の美女は唇を尖らせた。 「わし見て欲情せんお前らなんぞこちらから願い下げじゃ。もういい、お前らは男二人で番っとれ」 「番うか!誰がこんなガキと!」 「冗談でもとんでもねぇこと言うんじゃねぇ、男なんか嫌だ!」 それを聞いた夜一は、楽しそうににやーっと湯で上気した顔を緩ませた。 「おや、両者の言い分は多少食い違うようじゃの」 「「……」」 一護と恋次は非常に胡散臭そうにお互いの顔を見、お互いの言葉をゆっくり反芻した。 ふ、橙色の少年が息を乱して笑う。 暗い色の笑みを浮かべたのは、一護が先だった。 髪と同じ、甘い橙色の瞳が、湯に濡れた前髪の奥でぎらりと光る。 「誰がガキだってぇ……?ガキじゃねえとこ見せてやろうか」 安い挑発、赤い髪の死神は唇を笑みの形に歪ませてそれに全力で返す。 赤い舌がぺろりと唇の上をなぞる動きは、挑発返しの印だ。 「おお、面白ぇ。こっちこそ女にゃ無え凄みっつーもんを教えてやろうか?」 殆ど殺戮を始めるが如き殺気立った気配に、あ、ここで止めんと修行に支障が出るなと藪を突いた本人の夜一が思った。 Fin.
潜在的に一恋。
Joyce執筆時(2006/5/7) |