「あっ」 その声に、嫌な予感がした。 振り返ったのは義理堅い性分、もしくは性癖と言うべきか。 檜佐木修兵は殆ど拷問に耐えるような思いで後ろを振り返った。 出た……。 手を降りながら、小走りで寄ってくる男を見た瞬間、修兵は眩暈がした。 黒髪を肩のすぐ上で切り揃え、左目に羽飾りをつけた、細い男。 「檜佐木副隊長、その節はどうも」 その節、が何なのか、聞かなくてもわかる。 心と体に叩き込まれた屈辱。思い出すと情けなくて、走って逃げ出したいくらいだ。 体中から霊力を吸い上げられた感覚についても思い出したくもないが、より重要なのは第五席に負けたということだ。 十一番隊が戦闘に長けているとはいえ、檜佐木修兵は九番隊副隊長である。 隊長に次ぐ者として、おいそれと他隊第五席に負けただなどと人に言える話ではない。 十一番隊第五席、綾瀬川弓親は整った顔に笑みを浮かべながら、修兵に尋ねた。 「お体の具合は、如何ですか」 「……別に悪くはねぇ」 「そう、それは良かった。非常時とは言え、あんな状態まで堕としてしまったものだから」 笑われながら言われて、心の臓にぐさりと刺さった。 何度思い出しても嫌な記憶だ。 多分この相手を見る度思い出さなくてはいけないのだろう。そう思ってまた眩暈。 その様子を見てとったのか、くすくす笑い続けていた男は、顔を寄せて安心してくださいと言った。 耳元で、そ、と声を洩らされて、鳥肌が立った。 あの時のことを、さっきまでより鮮明に思い出してしまった。 弓親に下から覗く様に顔を見られて、視線を逸らす。 鼓動の回数が早くなる。そして冷や汗。 (これが乱菊さんだったら別の意味でドキドキするんだけど、こいつだと胃も痛くなってくる) きりきりする痛みを胸の下に感じていると、唇だけで耳を噛まれた。 背筋を駆け上がるものに、瞬間、思考と呼吸を止めた。 「僕、暫く現世に出向するんです。これはご挨拶ばかりに」 これ、って何だ。今のかよ?ばっと手で耳を押さえる。 焦って離れると、楽しくて堪らないといった顔で弓親が笑っている。 口元に手をやって、笑い続ける彼をぎろりと睨みつけたつもりだったが、凄い顔赤いですよ、と指摘される。 その余裕に足でも踏みつけてやりたくなったが、ここは往来だ。 仮にも副隊長、現在では隊長代理をこなさなければならない立場の人間としてあまりに威厳が無さ過ぎる。 くくっと喉奥の笑いを洩らした弓親は、修兵の様子に満足した様子だった。 「現世行き、か。そりゃなんでまたアンタが」 「まぁ今回の件に絡んで、ということで」 「ああ成る程ね……」 「旅禍の少年、黒崎一護とも連絡を取らねばならなくなりそうで、朽木ルキア嬢と阿散井が選抜されたんですよ。それで、阿散井が同行の戦闘要員に うちの一角を指名したものでね、僕も同行することになった」 「恋次もか」 「ええ。そんなわけで、しばらくお会いできませんが、お元気で。またお会いできるのを楽しみにしておきます」 「俺としては……あんまりアンタ、顔会わせたくないんで、現世行きは嬉しいんだけどな……」 「ははは、素直な人は結構好きだな。そういうこと言われると、寂しくなるじゃないですか」 「アンタ性格変わってるよ……」 「他のひとと一緒にされるのが嫌な僕としては、あんまり悪い褒め言葉じゃない」 「だから褒めてねぇんだよ……」 脱力した修兵を置いて、弓親はそのまま自分の隊舎を戻ろうとした。 しばらく歩いた先で、一角がいるのに気がつく。 一気に明るくなった笑顔で彼に近付いていった。 「何してるの」 「いや、お前がいるの見えたから」 「見てた?」 「見てた」 「妬いた?」 「誰が」 そっけない返事に、弓親は細い眉を寄せた。 「つまんないなぁ。僕が浮気したらどうする気?」 「別にいーよ」 「それはあんまりひどいんじゃないの!?」 声を大きくした弓親に対し、目線も向けずに首の間接を鳴らしながら一角は答えた。 「だって浮気だろ?戻ってくるってことじゃねぇか」 「……一角!」 「あんだよ」 「今日、体空けといて」 「あ?妙な言い方すんじゃねえよ。飲むんだろ?部屋来るならお前酒持ってこいよ」 「僕は妙なことの方でもいいんだけど」 「……現世行きの準備はいいのか?」 「うん。ばっちり。あとは一角と一緒に行くだけだよ」 「俺まだなんだけど」 「手伝う。だから、部屋行くってば」 「わーったわーった。んじゃ、仕事とっとと終わらせに行くか」 先に歩き出した禿頭の男の背中を追って、光が零れるような笑みで弓親は後ろに続いた。 Fin.
一角と弓親は出来てて当然に見えるくらい絆が強いというか。
弓親可愛くて仕方ないっつーか。 おにぎりに陰謀感じるコンビ愛しいよ……。 Joyce執筆時(2006/5/6) |