ルキアを探して一護たちが去った後、なんだか気まずげな雰囲気が漂ったから、 戯言紛いに尋ねてみただけだった。
四番隊の隊舎の一室、白い部屋の中で朽木白哉は頷いた。

「覚えているぞ」



まさか、そんな答えが返って来ると思わなかった恋次は狼狽して、反応が遅れた。

「ルキアに最初に会いに行った日のことだろう?背の高い、赤い髪の男のことは覚えている」
「はい、そうっすけど……ルキアはともかく、なんで俺のこと覚えてるんですか」

白哉は、不思議そうな顔をした。

「真央霊術院は護廷十三隊を目指す死神の卵たちが集うところだ。精鋭の中から非凡な者を見出して、何が悪い?」
「俺が、っすか」
「基本的には公私混同はせぬと決めておるのだがな。養子の件は極度に私的なことだ。 しかし、お前を見た時、死神を統率する者として、目を遣らずにはいられなかった」

重かったろう、とぽつりと言われ、意味がわからなくて恋次は首を傾げる。

「私の霊圧だ」
「あ……でも、あれは朽木隊長が強い霊力をお持ちだから」
「見くびっているのか、恋次。私が自らの霊圧を統制できぬとでも?」
「そうじゃないですけど!でも、じゃ、なんで」
「才覚というのは始まりに過ぎず、あとは磨き方次第だ。質の良い霊圧に触れれば、その後の伸び方も違うだろうかと、気まぐれにな」

軽い『洗礼』のようなものだ。そう言われて、声が出せない。
一方的な敵視に近いほどの憧憬、それを出遭った瞬間に向けさせられた。その筈だった。
それなのに足元になど興味のない彼が、一端の死神でもない頃の自分に興味を持ってくれていた?そんな馬鹿な。

「次にお前を見たのは十一番隊の第六席として働いていた頃か。副隊長に任官する者を探していた時に、お前を見つけて、奇縁だと思った」
「奇縁、ですか」
「あの時の男を思い出して、もうここまで来たのか、とそう思った」

望外には早かった。また、落とすように静かに言われた。



片一方の逆恨みを混ぜた強い憧れを一人胸の内に仕舞っていた。その筈だった。
牙も向けずに、伏して月を仰ぐ、そんな自分の弱さが痛いと思っていた。
思いすら、届きはしないから。

「お前が卍解をしてみせた時は、そのような場合ではないと思いながら、多分、私は喜んでいたのだろう。同時にその芽を摘まざるを得ぬ状況に、歯がゆくも思った」
「隊長」
「双極の丘でお前が死んでいないことを知って、安堵した。自分の腕が鈍いと叱咤せねばならぬところであるのにな。しかし、そのおかげで」

ルキアは助かった。
薄い笑み、唇の端が上がっただけの、ほんの僅かな微笑。
その変化からもたらされたものはやけに暖かく、赤い瞳に映った。

「情を捨てねば、と何度思ったか知れぬ。掟を守るために我々貴族はあるのだから。そのために邪魔なものは要らぬと決めたのに、中々思う通りに行かん」
「貴族ったって、そりゃ、そういうもんなんでしょう。下民と一緒にするなと隊長は怒られるかもしれませんが」
「……貴族の役目を知っているか、恋次」
「役目、ですか?」
「貴族というのは、民草を含めた社会の秩序に貢献するための生き物だと、私は父に教わった」
「……」
「だから、私は身を賭して掟の維持に努めねばならぬ。おそらく、それが緋真が夢のようだと申した世界を守ることに繋がるだろうと思ってな」

白哉は、窓の外を見て、目を細めた。
光に目を射られたのではなく、愛しい彼女の幻影を探すようにして。

「何もしてやれなかった妻に、今更してやれることがこれしかない。……これしかわからない」


この人の時間は過去に在るのだと気付いて、恋次は口を噤んだ。
自らもそうして生きてきたからわかる。
どうして何もできなかったのか、無力さを嘆き、あがいて、信念に向かうしか道がない。
その共感が赤髪の男の口を割らせた。

「隊命に、背きました」

命を掛けた、闘いを仕掛けた。
この男を、直属の上司を、殺してでも取り戻したいものがあった。
護廷十三隊の隊務、その全てを放棄した。手放した大事なもののためだけに。
それは自分にとっては、悔いることのない選択だった。
けれど、このような結末が待っていなければ、自分がたとえ生き延びたとしても、このひととこうして話をすることすら許されなかった筈である。
それだけ、組織においての命令違反というのは重いのだ。
我らが護廷十三隊であるならば、なおのこと。

「もう良い」
「さっきも言った通り、俺は副隊長っす。だから、許されることじゃない」
「恋次、止めろと言っているのがわからぬか」

罰が欲しいか?と問われて、多分そうなのだと思い知る。
後悔していない。だが、報いはあるべきだ。
たとえ殺されかけてさえ、二人の関係は一つも変わることがない。
以後も副隊長として朽木白哉に従うのなら、このまま安穏となかったことにして良いものか。

「非常事態だった。それで良いのだろう」
「でも、アンタが掟を気にするなら」
過去に掛けるしかない彼が、信念を曲げないだろうと思っていたから、食い下がる。
白哉は外の風景に目を遣ったまま、言葉を開放した。

「多分、それに拘れば私はお前を失うことになる」

白哉の葛藤の一部に自分が含まれていたことに驚いて、声が出なくなる。
たとえ数ヶ月でも、降り積もった信頼が彼の中に在る。
(見上げていたつもりで、水の中に映った月しか知らなかったのは俺の方――――)
無言になった恋次の様子を確認するためか、白哉は視線を彼に戻し、目を伏せた。
「だからそれ以上は言ってくれるな」

唇を噛んでから、男は震えそうになる声で、はい、とだけ答えた。




Fin.



「さっきも言った通り、俺は副隊長っす」はアニメ恋次の病室での台詞前提で。
だってあそこ(養子のお誘いシーン)でドドドドって恋次威圧する意味がわかんなかったので捏造。
H×Hの念攻撃で無理やり能力目覚めさせるアレみたいな感じで。

みゅじかるで兄様が「下民」て言ったのにびっくりしたので、貴族のレゾンデートルから構築し直すことを目指しました。
緋真娶った兄様なら平民を見下してはいないと思う。
(追記。歌詞カード見たら平民て言ってました。よ、良かった!)

Joyceは凄く兄様に夢を見ています。

Joyce執筆時(2006/5/6)



WJ中心ごった煮部屋へ。