黒崎家に何度か出入りした結果、すっかり顔馴染みになった恋次は、ちょっとしか残ってないから最後まで飲んでいーよと言われ、 牛乳をパックごと飲み干しながら、少女達を見た。

「何これ」
「あたし達のちっちゃい頃の写真」
「へー。どれどれ。お、遊子、お前小さいころから変わんねぇなー」
「そんなことないよ!」
「可愛いとこが変わってない」
「……もー恋次さんは」
「しっかし、一兄は今日午前で終わるって言ってたのに遅いねぇ」
「あ、いや。俺別に約束とかしねぇで来たから」
「そうなの?じゃあ門限の七時まではわかんないか」
「だよなー。悪い、一回時間潰してくる」
「いいよいいよ、恋次さんならあたしたちも別に気ぃ使わなくていーし。お菓子とか適当に食ってて」
「ん、ありがとな」

じゃあお言葉に甘えて、とテーブルに陣取った恋次は彼女たちの見ているものに集中した。
ぺらりとめくられた頁の先、淡い橙色の髪のとても幼い子供が、無邪気に笑っていた。

「おー……これは、もしかしなくても」
「一兄だよ?」
「え、髪の色でわかるでしょ」
「いや、なんつーか、意外っつーか」

だって可愛い。いや、今でも可愛いんだけど。
16歳の男の矜持から、引きずり出してやらないと、あの子供の純真さは自分に発揮してもらえない。
写真の中の頃は七つか八つかそのくらいか。
眉間に皺を寄せた仏頂面が得意な彼とは似ても似つかない。
眉を開いて、こんなに柔らかく笑う様に、出会ったことはないから。

「可愛い、から」
「あー、一兄のちっちゃい頃は確かに」
「お前らと初めて同じ遺伝子入ってるって感じたわ」
「え?そんなに似てないかなぁ」
「遊子は母ちゃん似だよな」

あそこの、と恋次は壁に貼ってあるポスターを見て言った。
真咲がきらきらとした笑顔で、家族たちを見守っているポスター。
非常に愛らしい笑顔の写真が使用されており、毎朝親父がその写真の前で愛を叫ぶことを除けば、けして害になるものではなかった。

「あたしはヒゲ似ってことー?」
嫌そうに顔を歪めてみせた夏梨をじっと見て、恋次は首を捻る。
「違うって。夏梨は、んー……どっちかっていうとそうかもしんないけど、一番似てんのは一護じゃねぇ?」
「あたしと一兄?」
「うん、まぁなんとなく。お前もデカくなったら間違いなく美人って顔してる」
「うわぁ……」
「何だよ」
「いや、ヒゲも馬鹿だからそういうコト言うんだけどさ」
「俺も馬鹿呼ばわりか、オイ」
「恋次さんに言われると、ちょっと嬉しい」

え、だってあのひとの子供だって時点で美人間違いなしだぜ?
また恋次がポスターを見ると、夏梨が困ったように笑った。

「あれ、笑えるでしょ。ヒゲが外してくんないんだ」
「いいんじゃねぇ?なんか普通のより断然いいよ。びっくりはするけど」
「ははは、まぁ、確かに。黒くてそっけないやつ、でんと置かれるよりはマシかもっ」





「何やってんだお前ら」
「あ、お兄ちゃんお帰り!」
「一兄お帰り」
「一護おかえりー」
「何普通に混じってんだよお前は」
「いいじゃん。あ、これ借りてっていい?一護の部屋で見るわ」
後ろを振り向いて言った長身の男に、少女二人は笑顔で頷いた。



「なんか凄い仲良くなってんのな」
「んー?」
「うちの妹二人と。思ったより、懐いた」
「なんで思ったよりなんだよ」
「だっててめえ墨入れてて赤い髪で背もでけぇしよ、遊子なんか明らかにビビってたぞ最初」
「まぁ俺の人徳じゃね?」
「うっせ。それより何見てんの?」
「写真」
「うおっ俺のガキん頃じゃねーか。てめえ気色悪ぃな」
「やかましい!あーてめえこの頃すっげぇ可愛い」
「恥ずかしいこと言うな!」
「持って帰ってもいい?」
「阿呆か!駄目!持ち帰り禁止!」
「えーいいじゃねーか、一枚くらい。うわ、このはにかんだ笑顔。マジ可愛いぜ」
「もう、うるせぇな!悪かったなこんな風に成長してよ!」
「いや?今のてめぇも可愛いし、こっちは諦めるかな」
視線が、すいっと自分の方を向く。にぃ、と少し細くなる視線に体が固まる。

何でそんな上機嫌なんだよ!
それってからかう時の前兆じゃねぇか!
ていうかもうからかってんだろ!?

心臓がばくばく言っている音が聞こえる。見詰められただけで、ってどうなんだ俺。
こいつの目は鋭くて、いつも切れるような眼差しで自分を見る。
その時、甘さだとか無防備さだとか、不意に眼の色に混ぜる、確信犯のやり方。
そういう色見せられて、ぐらっと来てる俺のことは、多分先刻承知なんだろう。

そんな思考に囚われている内に、伸ばされた指が頬に掛かる。
わ、と反射で目を閉じる。
唇の上に吐息が掛かった時には、覚悟と期待が入り混じっていた。
頬に触れた唇のおかげで、ようやく口付けが通り過ぎたことを知る。
少年は赤らめた顔で、ちら、と彼の顔を確認してみる。

勿論そこには嫌味なくらいの笑みで以って応える恋次がいるから、前兆を正しく予感していたと思い知った。
紅色の虹彩が誘っているのはこちらだって十分承知なのだ。
さっさと動けと。来てみろよ、と。
欲しいなら――――そんな風に目を細めて挑発する、人間に化けた死神。

期待した俺がすりゃいいんだろ、わかってるよ、それくらい!

肩に手を掛けると、嬉しそうにというより楽しそうに目を閉じる男に、今はどう足掻いても埋められない余裕の差を思い知る。
今に見てろよと、噛み付くようにキスをして、自分の思いを叩きつけてやる。

ああ、今に見てろよ。どうせてめえは全部俺のもんだ、それを思い知らせてやるんだから。

熱の上がりかけた体に、墨の入った両腕を回され、一護は目を閉じて没頭した。
無い距離に息を乱して夢中になる。

今日は学校が早く退けて良かった、彼の仕事が休みだから。
いつも夜くらいしかじっくり楽しめないし、その夜にしても虚が最多に活動する時間。
最後まで抱かないにしろ、彼のことをきちんと捕まえていられるのは僅かな時間だから。
逢瀬を重ねて、気持ちは信じられるようになっても、それでも体ごと束縛したいのは当然で、だからこそ焦れる。
誘いにすぐ乗るのも時間が勿体無いからだ。
駆け引きなんて、そんな余裕は残っていない。
この部屋に二人いるというだけで、肌がさわりと泡立つ。
恋情と欲情とがない交ぜになって少年を支配する。
一頻り口内を愛撫し、また、舌を逆になぞられてから離れる。


最初の快楽の溜息、それをふうと吐き出して、瞳を開けた。
「……何だ?」
恋次にじっと見詰められて、慌てて口元を拭う。滴った唾液が一護の手の甲を濡らした。
「いや、やっぱ可愛いなと思ってよ」
目を細めて見詰められ、肌に血が上る。駄目だ、この紅の視線には弱い。
「か、可愛いってなぁ、男に言う褒め言葉じゃねぇし。つーかそれガキ扱いなんだろ?」
キスだけで思考がすっかり飛びそうになったことを揶揄されているかのようで、恥ずかしい。
「いや、別に可愛いって言葉じゃなくてもいいんだけどよ。一番言い易いっつーかぽっと出る言葉がそれだから」
「何だそれ」
「色気があるっつーかなぁ」
初めて言われた言葉に、反応が遅れる。
首に両腕がそろりと巻きつき、引き寄せられて、またあの赤い目が近くなる。
脳髄の奥が、じぃんと痺れていく。

「てめえの感じてる顔が、好きなんだよ」

好き、という言葉に一護は過剰反応する。
自分を好き、というのではなくて、自分の一部についての言葉でも、彼からそうそう貰えない言葉だから。
「お前、俺のこと余裕綽々とか言いやがるけど。何のことはねぇ、てめえが俺を誘わせてんだぜ?」
「そんな、つもりじゃねぇよ」

一護の掠れた声に、恋次は少しだけ息を零すような笑いを見せてから、俺にとってはそれが余裕に見えるんだ、と言った。




Fin.



恋次さんはベタ惚れしてんですよ一護に。
すぐ涙目でぎゃーぎゃー騒ぐ一護にきゅんきゅんしっぱなしですから。

Joyce
執筆時(2006/5/5)



WJ中心ごった煮部屋へ。