「良かったわぁ、阿散井君。久々に楽しかったで、流石、この遊び人が」


市丸ギンは、布団に寝そべったまま、起き上がった男に声を掛けた。
赤毛の男は中途な長さの髪を結うより先、自分の死覇装を着直していた。
正座して、上の袷を襟正す恋次の姿を見ながら、銀髪の男は機嫌よく笑っていた。

「アンタに比べたら遊んでるとは思いませんけど」

袴を履くために一度立ち上がり、腕を前へ後ろへ使って着付けるその動作を、細い目で見詰めながら、ギンは反論した。

「良く言うわ、腰の使い方から舌の使い方、そこらの遊女じゃ適わんもん。どこで習おてくるの、そういうコト」
「さぁ?アンタみたいな悪いひとに付き合う内に身につくもんなんじゃないですか?」
「生き抜く知恵いうコトやね?そういう切羽詰ってるもんが技術に繋がってるいうのもまたいやらしい話やね。結構なことや」
「……」
「そういう良う仕込まれた君が、今度は幼馴染仕込むんか?いい連鎖やなぁ」
「……市丸隊長、約束したよな?ルキアには手ぇ出さねぇって」

幼馴染、という言葉に反応した恋次は、もう一度正座しながら布団の男を睨みつけた。
ギンは薄い水色の目で臆さず見詰め返し、眉を上げてみせた。

「当たり前や。男と男の約束やで。君が仕込んだんなら食うてみたいいう気持ちは間違いなくあるけどな?犯るか言うたら別や」
「安心しました」

全く安堵などしていない警戒した目つきで、恋次はそう言った。
それはそうだろう、その口約束だけのために行為に及んだのだから。
そう思うとギンは楽しくて仕方なくなる。
全く、こんなに屈強そうな男が自分に折れてくれるというのだから。
指の一本も使わずに、言の葉一つで。
あの小娘の名前を出すだけで、恋次は簡単に部屋に来る。
それはギンが五番隊の副隊長だった頃から、時たまあることだった。
偶々、彼らの仲を聞きつけ、偶々、ルキアにちょっかいを出しているところを彼に見せ付けただけの話。
その日、挑発してやったら、夜には従順に部屋にやってきた。愉快なことこの上ない。

髪紐を掴み、如才なく結い上げていく手つきも楽しそうに眺めながら、ああ、あの刺青だらけの背中がもう一度波打つところが見たい、と思ってしまう。

「なぁ、ルキアちゃんも君みたいに上手いんか?いや、これは僕が手ぇ出すとかそういう話やなくてな、単純に、興味の話」
「さぁ」
「隠してへんと教えてぇな。そうやないと、確かめたくなるやろ」
「知りませんから。そんなこと。俺に聞かないでください」
「あの子、今どうしてるんかなぁ。いきなり連絡取れなくなったとか霊圧感じ取れなくなったとか。君、心配やろ。何ぞヘマしたんちゃうかって」
「現世に行ってるのは吉良から聞きましたけど。なんか伝令神機の故障とかじゃないっすか」
「あかんなぁ、もっと心配してやりや。愛が足りん。そんなんじゃあの子モノにできんで」
「アンタには関係ないことです、ほっといてください」
「うーん、そない言われてもなぁ。阿散井君には、こんなに気持ち良うしてもらってるしなぁ」
「逆に迷惑っすから。俺らに構わないでくれれば一番嬉しいんですけどね」
「本当やったら仕事放って、ルキアちゃん探しに行ってやりたいところや」

意外な言葉に、恋次は首を傾けた。こんなことを言う男ではなかったと思ったが。
ほんの僅か、狼狽の景色が恋次の目に浮かんだのを見て、ギンはにたりと嗤った。

「うちのごついの、十人ばかり連れて行って、他のトコよりいち早く手に入れて、君に渡そうか」
「何言って……」
「死亡報告しといたる。朽木隊長には返さず、君が持っていけばええわ。うちの隊の下っ端にあのコ輪姦さして、ぼろっぼろにしたところを君が助けるってどないや。堕ちるで」


間違いない、と言い切ったギンに対し、阿散井恋次は怒気のままにギンの肌蹴た胸倉を掴んだ。
背中が布団から浮くくらいまで持ち上げた後、震える拳を収めていく。
ゆっくりと、陵辱者を開放する。
ギンはそれをにやにやと見詰めながら、抵抗もせずさせるがままにした。
開放された後は、乱れた襟元を適当に直す。

「あかんか?これは僕手ぇ出さんで。うちのモンにさせるで」
「同じことです」
「そうかー?何や君、うちの隊嫌うてんの。うわ、イヅル可哀想。友達なくしたわ」
「別に吉良のことじゃないっすよ。アンタが大嫌いなだけです」
「うーん、君の恋の手助けしてやりたいんや。世話なってるからなぁ。じゃあこうしよ。ルキアちゃんには手ぇ出さへん。君がルキアちゃん守るためにどんだけ頑張ってんか教えたろ。この取引で何遍僕のモン咥えたか言えば、君の健気さに泣いてくれるやろ」

恋次は時間を掛けて、笑顔を整え、「他言無用に願います」と短く言った。

「それもあかんのか。我侭やなぁ。ところで今の笑顔綺麗やったわ。何や、犯ってる時はえらい美人なくせして、普段は無愛想やから、てっきり床美人と思ってたわ。もっぺん笑うて」
「無理です。多分引きつります」
「ええ、残念やわぁ。今の顔見てたら欲情してもうたんやけど、どないしよ」
「勘弁してください。もうそろそろ時間なんで」
「何や、朽木隊長のお呼び掛かっとんのか」
「ええ、まぁ」
「勘弁して欲しいのはこっちやわぁ、ほんまに、君、朽木の兄妹に飼い馴らされとんな」
「俺の蛇尾丸どこっすか」
「えー、隣の部屋の押入れ」
「隠しといて正解っすよ。今傍にあったらアンタを叩っ斬ってます」
「何言うてんの阿散井君。手篭めにする相手の武器奪うくらい当然やろ。定石やで。女抱く時は気ぃつけや、特に君みたいに寝首かきそうなアバズレと寝る時は」
「手篭めって、俺別に手篭めにされてないっすよ」
「そおか?ほんなら良かった。楽しんでんの僕一人かと思うてたわ」
「楽しくはないですけどね。多少気持ちはいいっすよ。アンタの遊び人っぷりが伺えます」
「せやったら誘わんでも来てや、僕も君誘う口実探すの大変なんやで?」
「気持ちいいっすけど自発的には絶対来たくないですね。可能なら金輪際来たくないです」
「えー被虐趣味やなぁ。強制されるのが好きなんか」
「それはアンタでしょ。この嗜虐趣味が。たとえば俺がアンタに惚れたとしたって、アンタは嬉しそうに捨てるでしょ」
「わかる?だから惚れたらあかんよ?火傷するで」
「わかってますし惚れないっす。死んでも惚れないっす。無理やり犯るのが滅法好きな市丸隊長、いい加減更正したらどうすか。それともアレすか、虐めながらじゃないと勃たないんすか」
「どうやろなー。でも女の子にはそれなりに優しいで。だからルキアちゃんのことは任しとき」
「くどいっす。本当寝首かきに来ますよ」
「大丈夫や、僕にはイヅルがついてる」
「アンタ吉良に寝ずの番までさせてんですか」
「あの子僕の言うこと何でも聞くからなぁ。阿散井君に襲われそう、イヅル助けてぇ言うたら今晩から僕の部屋泊り込みや」
「……別にそれは構わないっすけど」
「あら、イヅルには冷たいな。てっきり慈善家かと」

「うるせえな、てめえがどうしようと知ったこっちゃねえよ!こっちは隊長に呼ばれてんだ、大概にしろ。こんな真似やめて仕事しやがれ、吉良が可哀想じゃねえかよ」
荒げた声に、ギンはひらひらと手を振る。
「そうか、じゃ又な」
「二度と呼ぶんじゃねえよ。……失礼します、市丸隊長」

一応最後に礼儀正しく声を掛けてから出て行った恋次の背を見詰め、タン、と障子が閉まるのをギンは見守った。
最後に向けてきた激情を押し殺した冷たい目。ぞくぞくする。
ああいう男が乱れている様は、はっきり言って格別だ。
だからこそ、ゆっくりと飼い殺してやりたい。
言葉の剣で心を斬りながら体を奪ってやると、屈辱に煮える瞳が燃える。
炎のような色の眼の底が怒りに揺れて、その眼差しから色香のように立ち上ってくる。
それを喰らうのが、どれだけ心躍ることか。

「もう少し一緒に楽しみたかったんになぁ。阿散井君は、ほんま、せっかちや」
しかし寝首かきにきて、イヅルが居たらあの子諦めて帰りそうやな。難儀な子や。

「そんなこと言うてるから、ルキア抱けん内に死なれてしまう羽目になるんや」

僕の言うこと聞いといたら良いのに。藍染さんの言う通りやな、あの子は厄介や。
……体は滅茶苦茶気に入ってるから、連れて行こうと思ってたんやけどな。
しゃあない、とりあえずは諦めとこ。

「何時かは首輪嵌めて飼うたるわ。それまで存分に朽木の兄妹に尻尾振っときや、馬鹿が」

水色の目をそっと細めて、まるで睦言の如く甘い口調で囁いてみる。
この世は言霊の世界と言う。これでこの未来は百分の一くらい保証されたかな。
そんなくだらないことを思って、布団に寝転び直して、ギンは微笑した。

朽木ルキアはもうすぐ死ぬ。
そのことを知った時の、彼の顔を想像するだけで、気分が高揚した。
「精々想っとき、あと少しの時間で、全部仕舞いや」




Fin.



何書いてんの私……(遠い目)
どうしよう一番正直な小説な気がするな。あっはっは。
ギン書くの楽しいていうかギンで恋次苛めるのが楽しいぜ。
ギンの言葉遣いはあるひとを下地にしたエセです。勿論エセなんですごめんなさい。

Joyce執筆時(2006/5/4)



WJ中心ごった煮部屋へ。