「何してんだお前」

ベッドの上で寝転がって雑誌を読んでいたかと思った恋次が、読み終わったと同時に一護に唐突に話しかける。
まるで待っていたんだと言わんばかりのその調子に溜息を吐いて、占拠されたベッドの端に腰掛けていた一護は背後を振り返った。

「勉強」
「あ、お前まだ学生なのな。そういえば」
「悪かったなまだ学生で」
「お前、成績とかどうなの?」
「んー中の上くれーかな?」
「ふーん、死神代行業やっても問題ないってか」
「そういうお前はどうだったんだ。死神にも学校あるってルキアから聞いたぜ」
「俺か、俺は特進学級にいた程度かな」
「特進……つーことはそこそこいいわけだな。見掛けによらねえ」
「てめえに言われたかねえな。真面目に勉強してんじゃねえか」


後ろから両腕で腰に抱きつかれる。脇腹の横から読んでいた教科書を覗き込まれる。
少しくすぐったいが、暖かくて心地良く感じる気持ちが強く、一護は逆らわずさせたままにする。

「内容とか違うのか?その、死神の学校っつーのは」
「死神になるための勉強が中心だからそりゃ違うな」
「死神になるためって何すんの。俺、何にも勉強してないけど、やれてるぜ?」
「てめえには専属でルキアが教えてくれたろ?戦い方の基本からみっちり学ばして貰える処だぜ」
「教えて……義魂丸の使い方とか、心構えとかそんなんくらいだぜ?」
「ま、にわか死神だからてめえはそんくらいでいいんじゃねーか?」
「うるせえなぁ、こっちは浮竹さんからもしっかり代行証貰ってんだからな。で、結局何を学ぶところなんだ」
「訓練も含めて、俺たちは斬術の他にも鬼道とか歩法とか白打とか」
「白打って何?」
「体技つーか体術。武器なしの接近戦の訓練っつったらわかるか?」
「ああ、格闘技系ってことか。ならオレもガキの頃ちょっとやったな」
「一緒にすんな。こっちのは武道だろ?」
「武道じゃねえの?」
「武術だ。道と術でそれなりに心構えが違うんだよ」
「どう違うんだ?」
「試合と死合、死に合うって書いて死合、な。そういう感じの違いだ」
「なんだそりゃ。ただ字が違うだけじゃねえか」
「鬼道とかも、言霊で撃ってんだぜ。文字とか音とかってのは篭った意味があるんだよ」
「ふーん……なるほどね。まあでもてめえより俺のが強いけどな」
「抜かせ!体術一本なら間違いなく負けねえよ!」
「そうかぁ?俺も結構いけると思うんだけどな。で、歩法ってのは、白哉とか夜一さんがやってた瞬歩とかいうやつ?」
「朽木隊長、だ。あれは特にレベル高いっつーか。それ以外にも色々あるんだけどな。基本的には白打とか斬術と組み合わせる感じだな」
「あ、入り身とかそういう奴か」
「基本はそうだな。ま、あとは霊力によってやれることも変わってくるし」
「鬼道っつーのは、ルキアが撃ってるアレだろ。てめえもアレ習ってんのか?」
「たりめーだろ」
「なんで使わないんだ?俺と二回戦って、二回とも使ってねえよな。白哉は使ってたぜ」

つーか、撃たれたんだよな、と白雷に貫かれた右肩を服の上から押さえる。
完治していても、脳が痛みを覚えている。

「だから朽木隊長、って呼べっつってんだろ。……基本的に俺の戦い方の師匠は一角さんだからな、十一番隊は基本的に斬術以外に頼らねえんだ」
「一角がてめえの!?ふーん、そうなんか。使わないからできねえのかと」
「オイ馬鹿にしてんのか。特進は他んトコよりも席官クラスが出易いわけだしよ、がっちり色々やらされんだよ。ま、別に他の学級もやらねえわけじゃねえけど、 特進はそういう意味で万能型にされやすいかな」
「へぇ、恋次は?」
「当然、万能だろ?」
「嘘くせぇ!はは、でもなんか安心」
「あ?」
「俺さんざにわか死神〜って言われてるからよ。斬月のことは信頼してるし、全然物足りなくなんかねぇけどな。てめえの戦い方が斬術によってんのが、俺みてぇで」
「一緒にすんな。できてやらねぇのと、知らずにやれねぇのは大違いだぜ」
「わーってるよ。言ってみただけじゃねえか。あーあ、俺も使えんのかな鬼道。あ、思い出した。空鶴さんとこでちょっと練習したな」
「鬼道をか?てめえが?」
「ルキアのみてぇに敵をぶっ飛ばす技じゃなくて、ガードするためのやつっていうか……でもあれ道具使ってたから出来たんだよな、やっぱ今じゃできねえかな」

手の平を上に向けた一護に対し、「冗談でもやってみようかとか思うなよ」と恋次が釘を刺す。

「わかってるよ」
「てめえの垂れ流しの霊力をそこに篭められただけでこの家爆発すんぞ」
「だから垂れ流しって言うなって!」
「しかし強いくせに妙な野郎だよな、ほんと斬る以外になんもできねえのな」
「うるせーな!知らないだけだ、知ったら、てめえなんかより万能型になってやる」
「おー?護廷十三隊勤務希望か?」
「違えけど!」
「つーかてめえだったら……そうだなぁ、やっぱり更木隊長に取られそうだなぁ……」
「何が?」
「え、最初の配属」
一護は冷や汗を浮かべつつ、ひどく嫌そうな顔で反応した。
「……それは嫌だ!」
「なんでだ。一角さんも弓親さんもいるし、隊長副隊長ともに知り合ってててめえも気楽だろうが」
「ぜってえ嫌だ!一角とかはともかくよ、剣八の傍居たら俺殺されるって」
「あー……まぁ、覚えがねえわけじゃねえけど、あのひとだって隊長だぜぇ?てめえが自分の部下んなったらそこまで見境ねぇかなぁ?」

しばらく考えてから、恋次は断言できないかなとは思った。更木剣八は本能の男である。
その思考を読み取ったかのように、一護はぶんぶんと首を振った。それから思いつく。

「あ、卍解できれば、隊長になれんじゃなかったっけ?入隊即隊長とか」
「ばーか。今確かに人手不足だけど、てめえみてえな経験不足のガキを隊長にするわけねえだろ」
「そうだよな、恋次も卍解できんのに隊長になれないもんな……」
しみじみと言われて、赤髪の男は静かな怒声で返す。
「なんだその哀れみの目は。殴られてぇか?なれないんじゃなくてならないんだ俺は!そういう奴もいるんだよ」
「白哉の近くに居たいわけか」
「なんかその言い方も嫌だが……、まぁ、そういうことになるよな」

あと何回も言わせんな、朽木隊長、だ。恋次は義理堅くその言葉を繰り返した。

「ま、でも確かにてめえなら入隊即官席くらいは貰えるだろうよ。統学院は行かなくてもいいかもな。で、仕事覚えて、鬼道覚えて。そのうち順当に席上げてって」
「てめえはどんな感じで昇進したんだ?」
「オレはまず藍染さんとこでヒラで」
「藍染!?」
「……ま、あのひとに言わせたらその頃から手の平の上で踊ってたらしいけど。俺は我侭で使いもんにならねぇって踏んだんだな、十一番隊に行かされてそこで第六席」
「それから六番隊の副隊長。けっこう順調な方なのか?」
「それなりに。といっても、四十年掛かってんだけど。さすがに日番谷隊長に比べたら、早いとは言えねえけどな」
「ふーん本当に冬獅郎はすげえのな。見かけによらねぇ。で、俺が入るなら……十一番隊……か?」
「更木隊長は欲しがるだろうけど……山本総隊長が最終的に許可出すからなぁ。あの爺さんがてめえをどう成長させたいかって考えるかだし。どっか行きたい隊とかあんの?」
「え、そりゃあお前、六番隊と十一番隊以外だろ?」
「……更木隊長の件があるから十一番隊はともかくとしてだな、なんでうちは嫌なんだ。うちはそれなりにちゃんとしてる隊だぜ。隊長があのひとだからよ」
「白哉は、まぁいいとして、てめえに命令とかされたくねぇもん」
「何でだよ!」
「えー……なんかムカつく」
「どういう理屈だよ……」
「逆にてめえは俺が欲しいのか?」
「まー……うーん」
「悩むなよ」
「ぶっちゃけた話、隊の戦闘力一気に上がるとは思うんだけどよ、戦闘以外の仕事できるかとかチームワーク大丈夫かとか上司に対しての態度とか考えると」
「どっちかっていうと器用な方だしそんなに人間関係もひどくはねぇよ!」
「上司に対しての態度は?新人隊士として俺に敬語使えるか?」

「……」

「ほーら見ろ、ガキにゃ無理だな。お守りは面倒だから、うちに来るにしてもしっかり経験積んでから来てもらわねぇと」
「仕事だって割り切れば使えるよ!」
「割り切んなきゃ使えねぇのかよ?んじゃ、やってみろ」
「何をだ」
「訓練。はい、てめえは新人隊士の黒崎一護、最初の所属は六番隊です。なんと官席は十四席。目の前にてめえの上司の阿散井恋次副隊長が居る。さぁどうする」
「押し倒す?」
「ぶっ殺すぞ」
「……どうするってどうもしねえよ。何の訓練だよ。ていうかてめえ、なんか馴れてねぇ?」
「こういうのやるんだよ、院の礼儀作法の訓練でよ。おら、まず挨拶してみろ。初対面だぞ」
「初対面なわけねぇじゃん」
「口答えしてる時点で減点」
「うるせーな。何だよ、挨拶すりゃいいのか?『えーと……初めまして黒崎一護です』?」

「『お初にお目に掛かります、六番隊副隊長阿散井恋次様。黒崎一護と申します、今後厚く御指導賜りたく存じます。未熟者ではありますが、隊務には全身全霊をもって精進させていただきます、以後お見知りおきいただければ幸いに存じます』あたりが妥当?」

「様付けかよ!その時点で無理!長いし!」
「そこかよ!それ以外にもあんだろ、てめえが知らなさそーな言葉とか」
「知らないわけねぇだろ馬鹿にしてんのか!俺は一番国語が得意なんだ!黒崎一護と申します、とかてめえに対して名乗れねえよ!恥ずかしくて!」
「こういうのは様式美っつーの。知己とか関係ねえの。そういうのできねえてめえがガキなの」
「うあああ絶対てめえの隊行きたくねぇ。浮竹さんとことかがいいなぁ」
「……あー、それは、まぁ。いいかもしんねぇな」

恋次は、十三番隊の面子を思った。今は居ない、副隊長のこともある。
黒崎一護に対してひどく友好的な浮竹の様子を見ると、どうしたって重ねてしまっている部分もあるのだろう。
(俺はそこまで親しくはなかったから、ルキアみたいな目はお前に向けられないけど)

「何で?」
「いや、可愛がってくれそうだと思って。ルキアのことも、しっかり見ててくれてるし。俺が言うのもなんだけど、いい隊だと思うぜ」
海燕のことは、言わない。彼も知ってはいるだろうが、彼自身には関係のない話だ。
想い出を重ねる人間が居ても、悪いことではないと思う。
ただ、それを一護に言うことは憚られる。
一護は、特に疑問も持たず、納得したようだった。
「ふーん。じゃあそんな話になったら浮竹さんとこに希望出そう」
「希望が通るわけじゃねえけどな」
「わかってんよ!もう、俺は勉強するから邪魔すんな」


教科書に強制的に視線を戻したので、恋次も彼の腰から手を離す。
会話を打ち切り、完全に無視して集中する可愛くないと言おうか、逆に可愛いというか、そんな態度を潰してやりたくなってしまうではないか。
起き上がって、後ろから抱え込むように抱きつく。
体が緊張するのがわかって、赤髪の死神はにんまりと笑った。

「俺が居るのに勉強に逃げるとはいい度胸だテメー」
「別に逃げてねえよ!修行のし過ぎは無理って夜一さんにも言われてるし、じゃあって必要なコト合間にやってんじゃねえか」
「こういうのも必要なコト、じゃねえの?」

低い声が首筋を這った。それに感じかけて、文句を言おうとした瞬間、ぱくりと耳を咥えられて、悲鳴を上げる。
「うあああっ!な、ななな何すんだてめえぇ!?」
一護は教科書を取り落とした挙句に、部屋の壁のところまで逃げた。
顔は真っ赤で、必死に噛まれたところを手で押さえている。
しゃがんだ位置から涙目で見上げる一護に、恋次は逆に驚いた。

「何、って。耳噛んだだけじゃねーか。そんなに感じたのか?」
「感じたとか言うんじゃねぇよ!もうてめえエロいから嫌だ!」
「何がエロいんだよ、何度も俺と犯っといてよ」
「いきなりこんなことすんじゃねぇよ。てめえは声もエロいしよ!耳の傍で言われっとクるんだよ!」
「ふーん……俺の声好きなんだ」
一護は失言に気付いて、首まで赤くした。
「違う!好きとか言ってねえ!」
「声で感じちまうわ、耳噛まれただけで腰砕けちまうわ、てめえのがエロい体してんじゃねえか」
「……っ!エロくねえよ!てめえと一緒にすんじゃねえよ!」
「大体俺のことエロいって言うんならよ、俺に感じてますって言ってるようなもんじゃねぇか」
「違う!違う!断っじて違う!」

首が千切れそうな勢いで否定する一護に、ベッドから降りた恋次が近付く。
顔には余裕の笑み、それを見てヤバイと少年は直感する。
こいつ、その気になってる。ていうか、俺も、多分。
目の前に膝をついた男が視界を支配する。しゃがみ込まれて、ひどく近くなる。
膝の上に大きな手の平を載せられて、うわ、と思った。

「だったら、膝、開けてみろよ」
言葉もなく少年は首を振った。
「感じてねーんだろ?」
膝の皿の上を撫でながら言う彼の顔が、ひどく楽しげで、熱が余計に上がる。
こいつ全部わかった上で言ってるんだ。俺の状態も、何思ってるかも、全部。
こんな風に誘われているのが悔しい気持ちと、興奮してしまう気持ちとが半々で、心と体が乖離する。
ぐ、と力を入れられ、まるで女のように膝を割られる屈辱。
俺の方がてめえを抱くんだぜ?そう思っても、そう仕向けられたのも彼の意思。
負けないように突っ張っても、びくともしない大人の体。
勝てない。既に自分の体の力は抜けているし。
こいつの視線に射抜かれると、それだけで、感じているのも確かだし。

「てめえの体が走りやすいガキなのは、知ってるし。何を今更隠すんだか」
耳元で血流がどくどく言う。見られた場所も熱いし、はっきり言って苦しい。
「ほら、こっちの方だって『御指導』してやるぜ?」

ガキ扱いされるのは許せない。
けれど楽になりたいのも確かで、意地悪ばかり言う男に視線で訴える。

「泣くなよ」
「泣いてねえよ!」
ひん曲がった声で一護が訴えると、男は苦笑した。
虐め過ぎたかと思った恋次は、僅かに濡れた瞼のところに口付けて、それから膝上の手をそのまま内腿に流して行く。
「……恋、次!」
「声あんま出すな。今日は家族いんだろ」
指先がそこに触れると、少年の体がびくんと跳ねた。
「ン、だって……」
「しかしすげえな。声と耳だけでこんなんなってるよオイ」
指先で確かめられると、またその刺激でさらに大きくなる。
正直な反応に、一護は自分のことなのに戸惑って、両手で顔を覆った。
「う、うるせぇ」
「……なー、一護、てめえ耳だけで逝けんじゃねえか?」
「へ、お、おいっ変なこと考えんなよ?」
「手、邪魔だ。そこどけろ」
「嫌だ、ちょっ、てめえ」
「だから騒ぐなよ」
「てめえそういうの卑怯――――ッ!」

耳の輪郭をなぞるように赤い舌でなぞられ、なんとか声を殺した。
一気に熱の上がった様子はすぐに悟られ、大きな手が口元を覆う。
口元を手の平で塞がれたまま、少年は耳への愛撫を受け続けた。
腰が動きそうになるのを懸命に抑える。羞恥で心身ともに焼き切れそうだ。
耳朶にちゅうと吸い付かれ、舌を穴に挿入された時には、目の前に白い火花が散った。
水音が滴るように響いて、もう駄目だと少年が思った時。

「一護」

恋次の、聴覚ごと愛撫するような声でもって、少年の体は逝かされた。
手も足も使わない恋次に対して、それこそ手も足も出せずに。
喉奥で快楽の悲鳴が鳴って、背中が波打つ。壁に当たって、がたんと音を立てた。
かく、と浮きかけた腰が床に落ちると、唇の上を覆われていた手の平が退いた。
呼吸が楽になって、少年は大きく息をする。
濡れた目で睨む一護に、楽しそうな紅い瞳が応える。
寄せられた体から抜け出そうとするかのように、床をひっかくようにして身を動かした一護だったが、どうしても身体が言うことを聞かない。
意のままの自分が情けなくて、せめて首を捻って表情を隠そうとした。
服の中に吐き出したものは、その感触で少年が身を捩る度に汚したことを感じさせた。

「どうすんだよこれ」
「別に外じゃねえから構わねえだろ。着替えもあんだろ、てめえの部屋なんだから」
「そういう問題じゃねえよ、って、あー……てめえなら絶対やると思ったけど、一抹の希望は持ってたのに」
「何だよそれ」
「試すなよー……マジ凹むだろ男として。指も使わねーで逝かされるってもう……」
「別にいいじゃねーか、俺がそれだけ上手いってことだし?」
「それも別になんか喜ぶところじゃないし」
「なんでだよ、相手は上手え方がいいだろ?」
「だっててめえがそんだけ慣れてるってことじゃん」
「あのなぁ何歳離れてると思ってんだ?」
「一々てめえがそうやって年ひけらかすのがヤなんだよ!悪かったなぁガキで!」
「別にガキなの気にしてねえし。今更だし」
「なら言うなよ!てめえは冗談のつもりかもしれねえけど、情けねえけど、本気で、ちょっとは、気にしてんだ!」
「じゃー、それだけてめえが俺に参ってるから感じちまうって思えばいいじゃねえかよ」
「それもなんか、俺だけ好きみてぇだし。お前結局なんも言わないし」

なんだか言っていて本当に凹んできた。
ここに来ても、また恋次は一護に対して特別な言葉は吐いてくれない。
少年は、好きだとは何度も告白しているし、訴えている。
恋人関係は否定しないし、誘ってくるし、むしろ襲ってくるし、それでも赤髪の死神は何も言わない。
追求してもその度、語感の微妙な言葉で交わされるだけ。
自分がどれくらい胸の痛い思いを堪えているか、この男はわかっているのだろうか?

「言ってんじゃん。犯りてぇ相手だって」
「率直過ぎる!もっと理屈つけろよ」
「てめえはそういう遠まわしなの嫌いだろ?」
「そんなことねえよ!言って欲しい言葉だってある……」
「嗅ぎ取れよ。そんなん」

そんなこと言われたって、はっきり言葉にしてもらえるのと、自分で感じるのでは違いがある。
踏み込んで勘違いしてしまっているのではないか。
そんな弱気になって、弱い自分が嫌で、信じてやれないことが嫌で。
彼が何も心配なことはないんだと明るく笑いかける度、心に黒いものが走る。
心配している自分が、一方的に想っているだけだと、思い知らされているようで、怖い。

「はっきり言われないとわかんねえよ!」
こうしていつも、悲鳴交じりに嘆願する。それでもきっと今日もかわされるだけ。
わかっているから、心の在り処がギリギリ締め付けられて、苦しい。
なんで俺なんだ。俺じゃなくてもいいだろ?ガキなんて、相手にしなくたって。
どろどろと暗い思考に飲まれそうになって、必死で否定したくて、その否定の材料が乏しくて、泣きそうになる。
一つだけ、一度だけ、言葉が欲しい。それでこの気持ちを肯定できる。

「一護、本当にわかんねぇのか?」

宥めるような言葉。恋次がそういうことを言いたがらないのは良くわかっている。
だけど、別に一度くらいいいじゃないかと思う気持ちはある。

「そんなに俺は子供かよ。そんなに聞きたがって悪いかよ!てめえが好きだから聞きてえんじゃねえか!」
嘘でもいい。勢いでそう言うと、死神は表情を曇らせる。
あ、しまった。そう思っても遅い。
言わなければ良かった。
やっぱり俺は子供だよ。勢いで好き放題吐いてしまえるくらいには。

「嘘つくのはあんまり好きじゃねぇんだけど」
「俺だって……嘘で言ってるんじゃねえよ。でも、それくらい聞きたいっていうつもりで言った」
「大事には、想ってるつもりだ」
「……。なぁ、そんなに好きって言葉は重てぇか?」
「違う。なんか、嫌いなんだよ、そういうの。逆に軽い感じがして」
「……俺が言ってるのもそう取ってんのか?」
「……いや、あんまり、そういう風に考えてないっつーか」

そう言われて、胸の痛みで泣きそうになった。一護は慌てて後ろを向く。
だよな。はっきり言われてるのは犯りてぇってことだけなんだ。
真面目に考えることもないんだろう。

「そっ、か。俺ばっか、やっぱ気にしてんだな。悪ぃ、もういい。聞かなかったことにしてくれ」
普段の自分なら怒鳴るところだ。でも今はその気力はない。
「だーかーら、てめえ、泣くなっつーの」
「泣いてねえ……」
明らかに涙声に変わりつつある少年の声に、恋次は弱い。どうしても、弱いのだ。
甘やかしたくなる。絶対に言わないと決めているのに、ほだされそうになる。
欲しいと思ったのは自分が先だし、気持ちの大きさも、この子供に負けてやるつもりはない。
手放す気だって、欠片もないのだ。彼が自分を否定するまでは。

「おら、こっち向け」
「嫌だ」
恋次は強制的に一護を自分に向かわせる。
そうすると泣き顔を見られたくないらしく、胸元に取り縋るように抱きついてくる。
橙色の髪が目の前で、少し震える。

(ああ、もう)

正直愛しくてしょうがない。
手の平で一護の頭を何度も撫でてやれば、背中に手を回してぎゅうぎゅう抱きついてくる。

「スキって言やあ、満足すんの?」
「だって、軽いし、嘘、になんだろ。だったら、やっぱり、いい」
「さっきと言ってること違えだろ」
「だって勘違いすんのもう嫌だ。てめえが、俺のことスキだって、思い込みたい俺がいて」
「思い込みなのかよ?俺は今てめえをこうやって抱いてんのに」
「だって、気持ちは、色々あんだろ。スキにも色々。確かめたいって思っちゃ駄目かよ」
「……俺が思うに、だな」
「何だよ」
「その意見には同意だ。てめえが言うように、色々あるから、正直言葉で括れねえもんだと思ってるし」
「うん……」
「スキって軽いって言ったけど、てめえの言葉を軽いと思ってんじゃねえよ。てめえがそういう、直情型人間だっつーのは知ってる」
「単純ってことだろ、悪かったなぁ」
「でも認めるだろ?てめえの言葉に、嘘偽りがねえのは。勢いで先走っちまうのを後悔しても、それでもてめえは俺のことが好きだろう?」
「そう、だよ」

声が掠れる。胸の痛さが甘さに変わっていく。知られていただけでも、嬉しい。
自分の真剣な気持ちを、軽いと流されなくて、子供だと馬鹿にされなくて、それだけで。

「俺がてめえに同じ言葉を言いたくねえのは、多分違う気持ちだからだ。そんなに純粋に、綺麗なスキじゃねぇ。だからといって遊びでもねぇ」
「わかんねえ……」
「いいか、よーく考えながら聞けよ。俺はてめえが言ってた通り、てめえと会う前にそりゃ色々やってきた。他の奴に好きだと戯言吐いたこともあんだよ。 てめえにそれが使いたくねえのは、今までに感じたことねぇもんを感じてるからだ」
「……あ、の」
「お前がどう思おうが、俺の気持ちの強さは自分が良く知ってる。疑われても、間違いのねえ事実なんだよ。 そういう意味で、俺はてめえに好きだと言いたくねえ。今までの奴らと違う、てめえは俺の特別なんだよ」
「……!」
「俺の初めて、って言い換えてもいい。多分、この先もてめえみたいな奴とは会えねえ。わかってるから、今まで使ってきた言葉を使いたくねえ」
「悪、かった」

歓喜で言葉が震える。同時に罪悪感。疑った自分を恥じて、顔が上げられない。
こんなこと、今の自分には言えない。ただ気持ちに向き合うしか。

「いーんだよ。言いたくねえってのも俺の我侭ではあるし。気持ちなんて違って当然だろ、確かめるなんてのも難しいことだし。怖えのも、良くわかるけど」
「でも」
「ん?」
「傍に居たいとか、抱きたい、とか、他と違う特別なんだって気持ちは、一緒って思っていいだろ?」
最後の確認。舌足らずに出された言葉、それに懇願された想い。
少年が必死に罪悪感と戦って、自分の視線に耐えているから、優しくしてやりたくなる。
「当たり前だろ」



ふわ、と表情が緩んだのはどちらが先だったか。




Fin.



殆ど、襲われてるだけなのに、一恋と言い張る自分がどうなのと思う。
っていうか脱げよ一護。
なんかおかあさんと一護みたいになってきているがいいんだろうか。
四つくらいのネタ(上司っぽい阿散井氏とか)が書いている内に混在した一本。
なので他の話よりちょっと長い。

Joyce執筆時(2006/5/3)



WJ中心ごった煮部屋へ。