「あ、お帰り一護」 「……」 一護はその声に答えず、自室のドアをばんと閉めると、一直線に自分のベッドに向かった。 「何だ、無視してんじゃねーよ、このコン様が直々に声掛けてやってんだぜ!って、寝るのかよ!早!」 布団に潜り込んだ一護は、低い声で短く返した。 「うるさい、黙れ」 「ひでーな!……どうした、一護。腹でも痛いのか?」 「違う」 「……何だよ、ルキア姐さんにでも叱られたかぁ?全くてめーって奴はよ」 「あれ、そういやルキアはどうしたよ……?」 「あ?死神連中は今晩作戦会議でエロ商人とこ泊まりだろ?ていうかてめーもそうだったんじゃねえのか?織姫ちゃんが一人になるからってよ、姉さんが護衛役買って出てんだ。さっすが姐さん!カッコいいねぇ」 俺も行ったら二人の女神にサンドされて今頃は極楽浄土に赴いてたところだったのに、置いてかれちまったよ。 仕方ねえからこうしててめーの相手してんじゃねーか。 そう言われて、一護は生返事を返した。 「あー、そうかい。じゃ、追いかけていけば?」 「ぬいぐるみの姿で外出すんなって言うのはてめーじゃねーか。ころっころ言うこと変えてんじゃねえよ」 「うるせえよ……」 「……はーん、姐さんじゃねーんなら、恋次さんか」 「……」 「また痴話喧嘩かぁ?仲がお宜しいことで、羨ましい限りだなオイ」 「お宜しくねえよ!」 「てめーも成長しねーな一護」 「あぁっ!?」 「どうせ恋次さんの話まともに聞かないで帰ってきてんだろ。頭に血ィ上るとお前はいつもそうだ」 「追いかけてもこねえ薄情な相手の話なんざ聞く必要ねえんだよ!」 「誰が薄情なんだよ?」 「そりゃ、お前、あの恋次の馬鹿が」 そこまで言って、窓越しに人の姿を見つける。 追いかけても来ない筈の、薄情な赤い死神。 死神は慣れた手つきで、窓を開ける。一護には鍵を掛けない癖がついている。 窓から来る、死神連中のためだ。 「はいはいはいはい、これだからガキはいけねーな。なぁ恋次さん」 「おう、コンか。久しぶり」 恋次は片手を上げてライオンのぬいぐるみに何気なく挨拶を返す。 コンはそれに満足してから、一護の上に飛び乗って、ホラ恋次さん来てんぞばーか、と早口に言った。 「てんめ、殴るぞ」 飛び起きた一護の手をすり抜けて、コンは逃げた。脱兎の如く。 その尻尾に指が追いつく前に、ドアの隙間を抜ける。鼻先でばちりと閉まった自室のドアに、あの野郎と毒づく。 後ろが向けなくて、固まったまま。 「一護」 「……んだよ、作戦会議じゃねーのかよ」 「てめえがいないとどうしようもねえよ」 「それで連れ戻しに来たかよ」 「いや、悪ふざけにキレた日番谷隊長が出向組の三人に説教し始めたから、逃げてきた」 「なんでお前は怒られねぇの」 「俺が叱られる謂れはねえの!乱菊さんと、馬鹿先輩二人が悪いんだから」 「……乱菊さん本当のこと言っただけじゃねーか」 「何庇ってんだお前……ていうか本当のことってな」 「お前、ルキアのこと好きじゃん」 「……たりめーだ。すっげえ好きだし、大事にしてんだよ」 「……俺は?」 「あ?」 「ルキアが俺の部屋に住むの反対するくらいに大事にしてんのによ、なんで俺に会いに来るんだ?放っとけばいいじゃねえか。 あいつは井上んトコいるってよ」 「行き辛いだろ、そんな、女ばっかりのとこ」 「そういう意味じゃねえよ」 「わかってるよ。行かねえよ、今のあいつは、もう大丈夫だって、わかってるから」 「……なぁ、ほんとに、なんで?」 「何が」 「俺とのこと。だって誘ったのてめえじゃん。でも何にも言わねえし。俺も男だしよ、抱いたの俺の方だしよ、全部てめえの責任にする気はねえけど……」 「ねえけど、何だよ?」 「何なんだって、思うよ。てめえの一番がルキアだって知ってる。だから、わかんねえんだよ。遊び以外に理由が思いつかねえから」 「……そうかよ」 「こんなことになる理由がねえだろ?殺し合った間柄でよ!お前が俺んこと好きになる理由なんて、どこ探してもねぇだろうが」 その言葉は殆ど、誘われただけだと悲鳴を上げているように聞こえて、恋次は眉を顰める。 (ああ、てめえはわかんねぇんだな) あの瞬間、自分と彼の魂が繋がった、その自覚がまるでない。 死に瀕したその時に、脳内に広がった情景。 鋭く光る無数の刃、その荒野、黒服の男と一護。 朽木白哉の千本桜景厳に囲まれた自分と、まるで生き写しの光景、ただ眼だけが違った。 死ぬことを覚悟した、絶望しかけた自分の目と、明らかに光が違っていた。 死ぬだなんて考えていない、傲岸不遜なその顔を。 思い出した瞬間に、世界ががらりと切り替わった。 (てめえが俺を変えたんだ) 「春先の、」 「あぁ?」 「神鳴りみたいな、もんだ」 嵐が体を通り過ぎた。覚えている。思い出すだけで熱くなる。 だが、彼がそれを知らないのならば、これこそ片恋である。 繋がった、と思ったのに。 だから誘ったつもりはない、ごく自然に、惹かれただけだった。 「わかんねえよ、そんなんじゃ。言う気が、言う言葉がねえだけだろうが」 恋次の思惑にはまるで気付かず、一護は不満をぶち撒ける。 「夜一さんはゲタ帽子のもんらしい。乱菊さんは冬獅郎と出来てる」 「ちなみに一角さんと弓親も出来てんだ」 「マジかよっ!!てめえらこっちに何しに来てんだよ。……そんな中、てめえはルキアに手が出せない臆病モンときてる」 「……悪かったな」 「残ってる死神は俺だけだ!大方そんな理由だろ?人間に手を出すより、半死神の方がマシだって、そんな、理由で」 「遊びでガキのてめえに手を出した、と?」 「そうじゃねえのかよ!違うなら言えよ!」 「一護」 「こっちはてめえらみてぇに色呆けしてねえんだよ!!割り切った付き合い方されるくらいなら辛いだけだ、止めてくれ。 どうせ藍染の件片したら、二度と会う気がねぇくせに」 「そんなこと言ってねえだろ」 「世界が違うって、ルキアの件で俺に思い知らせたのはてめえだ!忘れたとは言わさねえ。死ぬまでそっちの世界に行けねえんだよ!俺の意思じゃ」 「ああ、言ったな。そういや」 「俺がそっち行ったらどうせてめえは知らんふりだろ、またガキだって馬鹿にしてよ!今は俺しかいないから、ああやって」 「違う」 「何が違うんだよ、俺ばっか、俺ばっかお前のことばかり考えさせられて、嫌なんだよ!!てめえなんか大嫌いだ」 殴りつけるような乱暴な言葉を視線を逸らさず受け止めて、恋次は音を立てずに息を吐いた。 それから、ぐ、と胸倉ごと掴み寄せて、泣き出した少年の唇を奪う。 逆らおうとしたのに、舌に口の合わせをこじ開けられて侵入されると、一護の手は震えだした。 欲望に押し負けて、抵抗することができない。 やっと開放されて、乱れた息を晒す。恋次は少年の頭を抱き寄せるようにして抱えた。 「違うって、言ってんだろ」 「嘘だ……」 泣き声で反論されると、さてどう口説いたものかと思う。 口喧嘩ならともかく、こういう場面ではとても口下手であるのは自分ですら折り紙付けたいほど。 これは副隊長などになっても、あまり変わらなかった。 大人の機微など、一護に比べればあるとはいえ、些細なものだ。 「だって、わざわざ義骸にまでその入れ墨入れてんじゃねぇか……」 「もう体の一部みたいなもんだし。墨ってのは一生モンで入れるんだよ。それにこれ作ったのは開発局の奴らだし、オレは何にも注文つけてねえ」 「否定しないし」 「何がだ?ルキアが大事だってことか?」 「違う、それはわかってる。それは別に……文句つけるところじゃねえよ」 「てめえのことが遊びだってことの方か?」 「そーだよ……」 「それはてめえが勝手に言ってんじゃねえか、オレは遊びだなんて一ッ言も言ってねえ」 「だって!!」 「だってじゃねえよ、一護」 「だって、お前、何にも言わないし。いきなりだったし」 「じゃあ先に聞くがな、お前はどうして受け入れたんだ?」 「そりゃ……嫌じゃなかったし、気持ち良かったし」 「それだって碌な理由になってねえじゃねえか」 「でも遊びだなんて思ってねえし、今は好きだし、他の奴とおかしなことになったりはしてねえよ!」 「でも始まりは遊び、なんだろ?」 ん?と覗き込まれて、酷い言葉を投げつけられて、一護は怯んだ。 そして、口にする気がなかった言葉まで、掴み出される。 「惚れ切ってたわけじゃねえけど」 躊躇いながら、口に出された言葉に、視神経と聴覚を鷲掴みにされながら、恋次は彼を見る。 「それが何かだなんて、今でもわかんねえけど、お前のこと、前から好きだった。恋とか、そんなんじゃなかったかもしれないけど」 「……」 「だけど、ダチに感じるのとは違う気持ちだから。だから、てめえが俺のこと誘った時、俺、驚いたけど嫌がらなかったろ?」 「ああ」 「戸惑ったことは覚えてるけど、お前があの時オレのこと見て、犯りてえって言って」 ぎゅ、と眼を瞑って言う。 「俺全然ヤじゃなかった。むしろその気になったてめえに見られてゾクゾクしてた。だから、多分、俺はあん時惚れたんだ」 惚れた、と直接的な言葉を使われて、恋次はふっと笑った。 そうだ、まだこいつは、16のガキなんだ。 駆け引きどころか、大人の機微どころか、恋の何たるかすら、わからないような。 「俺は、違うぜ。あん時よりずっと前だ。てめえが現世に帰る前より先に、犯りてえって思ってたよ」 「何で」 「知らねえよ」 「やっぱり遊びってことじゃねえか!」 「何でそうなるんだよ?」 「だって理由がなくて、ただ犯りてえ、ってのは遊びだろ?」 「他の奴じゃなくて、お前自身を望んでも?」 「え」 「気持ちに名前なんか付けなくたって、俺はてめえが良かった。誰でも良かったわけじゃない」 そこで間を取って一生懸命考えた一護は、真っ赤になりながら、反論した。 「じゃあ、人間に興味があったから?」 「てめえは半死神だろうが」 「じゃあ、半死神に興味があったから?」 「……てめえしかいねえだろうが、半死神なんて貴重な存在はよ。どうしたって遊びにしてえのか?」 「いや、だ」 「ならくだらねぇこと考えんじゃねぇ、俺が欲しいのはてめえだけだよ。それで十分だろ」 「……信じて、いいのかよ」 「てめえが言ったように、俺達は別の世界の生き物で、それは否定しねえ。だから、添い遂げてやるだなんて言葉は使わねえ」 「……うん」 「ただ、俺がてめえの目の前で他の奴に靡くようなことは在り得ねえ。それでいいか?」 一護は、焦れて、言葉を洩らす。 「好きだ」 「……そうか」 「好きだ、好きだ、大嫌いなんて嘘だ。お前が好きだよ。どうしてくれんだよ、こんなに、心掻っ攫ってくれて」 「……どうって、返しゃしねえよ」 「こういう時は俺も好きって返すもんだ、馬鹿野郎が!」 「ガキに恋愛指南受けるなんて夢にも思わなかったぜ?」 「ジジくせえんだよ臆病モンが!さっきの絶対嘘にさせねぇからな、俺からは絶対手離してやらねえから覚悟しやがれ」 「そりゃ、どうも」 「だからここで好きだと言うもんなんだよ!」 言葉なんて腹の足しにもなりゃしねえのに。 言葉が足らなくて、後悔した経験は星の数ほどある。 上手く言葉が回ることなんて中々ないもんだ。 だから、いっそ体に言うことにした。 もう一度顎を上げさせて、口付ける。 舌を絡めると、少年の体がびくりと震えて、悪くない反応で返す。 赤い頬にも唇を落として、耳に声を忍び込ませる。 「今すぐに犯りてえとは思ってるけどな」 「それは言わなくていいんだよ!馬鹿恋次!」 んな悪態ついても、抱きしめる腕を強くした時点で了承になるもんなんだよ。 子供の論理に楯突けば、先の十倍の言葉で返されるだろうから、男は黙って恋人の体を抱きしめた。 Fin.
何だこの馬鹿っぷる。(愕然)一応、一護×恋次のつもりなんですけど……逆に見えるよなコレ。
174cm16歳死神代行×188cm年齢不詳な死神副隊長。 ちなみにうちのコンは、恋次に片想いをしています。そのせいでさん付け。 ご家族は外出中なので、リビングでテレビつけて嵐が過ぎるのを待ってるよ(悲惨過ぎる) 作者が芝居がかった台詞が得意な人間で一番は雨竜、二番は一護と言っていたので、一護にはバンバン恥ずかしい台詞を言わせられると思うと安心しています。 阿散井氏は口が堅くて有名ですから。朽木女史の件然り。 一護がテンション高いのは、森田一護だからです。アニメ声が頭から焼き付いて離れないぜ。 乙女なのも森田一護だからです。抱いてとか言い出しかねない。 ちなみに書きながら聞いてた曲の日本語訳が凄まじくそれっぽくて笑えた。 「僕達は最初から終わってた、僕が夢見ているのに君は全然信じちゃいなかった」 「電話なんかしなくていいし、好きなときに出て行って構わないよ」 「もっと色々手に入れられるのはわかってるけど、それでも君が欲しいんだ」 「たとえ争うのが楽しくたって、わかってるよ、君は振り返ることができないんだろ」 savage garden『California』 Joyce執筆時(2006/5/2) |