本日、対藍染作戦会議の予定にて、浦原商店に死神及び死神代行、結集中。
一角は傷の治りが遅いためか、集合時刻に遅れ、付き添っているはずの弓親も勿論来ていない。
日番谷、乱菊両名もまだ来ていない。

浦原宅に居るのは、在宅していた浦原喜助本人と、ほとんど同棲している夜一、それに居候の恋次、 そして現世の学校で五分前集合を叩き込まれている優等生の死神代行だけである。



「夜一さん、あの、重いんだけど」
「重いとか言うな。妙齢の女子抱きかかえて満更でもないじゃろ?」
「いや、そういうことじゃなくて、あの後ろのひとが……ッ!!」

一護は畳の上に胡坐で座し、その膝の上に夜一がすっぽりと収まる形で座っている。
橙色の髪の少年は、がたがた震えそうになる首を、動かした。
彼女の顔越しに冷たい視線を二つ感じる。
一人は、彼女の情夫で、一人は自分の恋人である。
(怖えー……!)

「浦原がお主のような子供にも妬く奴じゃとは知らなくてのう、楽しくて適わんわ」
殺気混じりの情愛の視線が心地良い、と両腕を一護の首に回しながらしれっと言う。
「お、俺は、すげえ怖いだけなんだけど……」
「だーいじょうぶですよ、黒崎サン……」
ゆら、と焔がちらつく暗い目が、一護を見た。殺気で自分から死にたくなるほどの重さ。
「心頭滅却すれば火もまた涼し、と申します。アタシはこうして、夜一さんへの想いを深めていくばかりっスよ」
涼しいっていうか、絶対零度の視線なんですけど。一護は思った。
ていうか滅却するの思考じゃなくて俺のつもりじゃねえのか、とも思った。
滅却師の弓を向けられるより、背筋に冷たい汗が走る。
そういや石田どうしてっかな。最近目合わしてない気がする。
思考を飛ばしたが、とにかく怖い。

もう一人の視線は冷たいが、そこまで冷え切ってもいない。しかし、不機嫌なのは確かである。
(怒んじゃねえよ!このひと我侭なんだよすっげえ我侭なんだよてめーといい勝負なんだよ!)
一護はアイコンタクトを試みたが、赤髪の男はついと視線を逸らした。
アイコンタクト放棄である。
(てんめえぇぇぇ!!)
怒鳴りつけようかと思った矢先、夜一にぎゅうと抱きつかれて一護は唸る。
あのう、一応俺も男なんですけど。それはちょっと困るんですけど。

「夜一さん、ちょ、離れようぜ」
「ふふ、照れておる」
「照れてる、とかじゃなくて体押し付けんのやめてください」
「あー女子に免疫ないからのう、お主。悪いな、抱きつくとどうしても邪魔になる」
「だから、ソレが困るんですけど……」
「胸か!夜一サンの胸の話かぁ!」
「テメエは仕込み抜くんじゃねえ、明らかにセクハラされてんの俺だろうが!!」


「夜一サン、ほーら、こっちにおいで」
ちちち、と指で寄せようとする、浦原に、猫そっくりの仕草で夜一は首を振った。
「嫌じゃ」
「夜一さん、やっぱ重てえし、疲れるからさぁ。どうしても膝に乗りたいってんなら猫になってくれよ」
「嫌じゃ、ここで脱げと言うのか」
「そういう意味じゃねえ!ほらゲタ帽子が瀕死になるからそういうこと言うんじゃねえっ!!」


ふむ、と夜一は一護の膝の上で顎に手をやった。
「……そういえば、お主乱菊の肌には興味あるらしいのう」
「誰から聞いたんだアンタ」
「本人じゃ。わしの時はすっかり首を向こうに向けてつれない男じゃと思うたが、あの小娘のことは覗き見ておったらしいじゃないか」
「小娘……って夜一さんからしたらそうなのかもしんないですけど、俺にしたら滅茶苦茶大人のお姉さんなんですけど」
「わしより、ああいうのが好みか?」
「好み、とかじゃなくて夜一さんはマッパだったじゃんか。乱菊さんは、服着てたし」
「ふむ、ちらりずむ、とかいう奴か」
「違うって!なんでアンタらすぐそういう方に話持ってくんだよ!」
「ま、わしの肌と違うて白いしの。色の按配であっちの方が豊満に見えるかもしれんのう……」
「胸のデカさなんか比べてねえよ!!ゲタ帽子が怖えからアンタのことはまともに見れねんだよ!」
「浦原が?」
「さすがに男いるひとの裸見るほど節操なしじゃねえよ!」
「乱菊はいいのか?」
「……へ、乱菊さん、彼氏いんの?」
「来ておるじゃろ。現世に」
「現世……一角ぅ!?」
「違うわい」
「え、じゃあ弓親?」
「違う」
「てめえか恋次ぃぃ!!」
「俺じゃねえよ!何泣いてんだこの馬鹿!!」
「あと一人おるじゃろ」
「マジかよ、る、ルキア!?」
それこそ愕然とした一護に夜一は呆れた眼を返した。
「阿呆か、お主は。ルキアじゃのうて、ほれ、もう一人おるじゃろ」

夜一は立ち上がると、今度は視線の合った浦原の元へ行った。
にこ、と嬉しそうに笑った帽子の男の頭に手をやり、その隣に座る。
え、と一護が彼女の行動と言葉に思考を止めた時、丁度よい具合に松本乱菊が現れた。
隣にはその上司がいる。
小さいその姿を見つけた時、一護は遠慮なく彼を指差して、叫んだ。
「まさか冬獅郎じゃねえだろ!?」
「あ?何がだ」

(え、えっ、マジなの?なんで皆驚かねえの?知ってたのか?)
体が軽くなった一護は、小声で恋次に耳打ちした。
(あー?いやいい雰囲気らしいってのは聞いてたけど、はっきりとはオレも知らねえ。市丸の野郎と昔なんかあったらしいってのは聞いたことあるが)

「ちょっとちょっと、何こそこそ話してんのよ」
「あ、ごめんなさい、乱菊さん……や、あのう、そこのちっこいのと付き合ってる、って噂があるから」
「ちっこいのだと?」
「馬鹿、てめえ、教えただろ!?日番谷隊長はああ見えて護廷十三隊の隊長なんだぞ!」
「ああ見えて、は余計だ阿散井ィ……。まぁいい。くだらねえ話してねえで、藍染の野郎討つ作戦話にでも切り替えやがれ」
「えー、でも、あたしはこういう話も好きですよ」
「お前はいつもだろうが!」
「いいじゃないですか。『決戦は冬!』」
「山本のジジイが言ってたのはそういう意味じゃねえよ!」
「だって、一角も弓親もまだ来ないし、焦ったっていいことないですよ隊長」
「焦る焦らないってなぁ……!!」
「まぁまぁ、日番谷隊長、そこまでじゃ」
「夜一、元刑軍軍団長殿」
「気軽に夜一さんあたりで良いわ。お主も堅物じゃのう」
「……失礼、致しました」
「若い内から青筋立てるような怒り方しておると、寿命が縮むぞ」
「そうですよ、隊長」
「うるせえ、お前は黙ってろ!!」

(なんか、あれ、冬獅郎マジで甲斐性あるっぽくねえか。流されてるけど)
(ふーん、天才児って聞いてたけど、なんでもトントン拍子なんだなぁ、あのひと)
(天才児とか言われてんの。へええ、すげえんだな)
(だから日番谷隊長なんだっつの。俺だって副隊長になるまで四十年掛かってんだぜ)
(四十年!?そんなに年イってんの?お前)
(悪かったなぁぁ、ルキアも殆ど同い年だからな、覚えとけガキ)
(誰がガキだよっ)

「これ、そこの。二人だけで仲良うするでない。混ぜろ混ぜろ」
「別にしてないっす」
「こいつがガキ扱いするからっ。よっぽどこいつのがガキくせえのに」
「何の話じゃ」
「や、だからさっきの続きっす」
「乱菊さんの彼氏の話」
「わかんねえみてぇだなてめえら……!今はそんな時間がねぇって」
「だーかーらー、一角達が来るまでいいじゃないですか隊長。そういえばあれよね、阿散井」

小首を傾げるようにした乱菊は、恋次の顔を覗き込んで悪戯っぽく笑った。

「何ですか、乱菊さん」
「昔、あたしと寝たの覚えてる?」
「はぁぁ!?」

喉の奥が引き攣れるような声を出した恋次は、ぞくりと背筋に寒いものが走るのを感じた。
両隣の一護と日番谷から胡乱な視線を向けられたからだ。
日番谷の方は凍るようなもので軽侮に近かったが、一護のそれは憤怒の激情に変わるのにさほど時間が掛からなかった。

「てめえ、本当節操がねえな!!」
「違うっつーの!乱菊さん、アンタいい加減なこと言うのやめてください!」
「えー、抱っこしてくれたじゃない」
「それアレでしょ!?昼寝してたとこにアンタもぐりこんで来ただけじゃないですか」
「そうとも言うわね」
「紛らわしい言い方せんでください!俺何にもしてないし、むしろ抵抗したじゃないですか。しかもあれでしょ、草鹿副隊長が一緒だったでしょ!」
「そうなのよね、アンタやちるには甘いのよね……なんであたしは駄目でやちるはいいの」
「副隊長には鬼の更木剣八がついてんですよ!」
「あたしだって秘蔵っ子の日番谷冬獅郎がついてんのよ」
「秘蔵っ子言うな!」

隊長に怒鳴られても、えへ、と可愛く笑うことで誤魔化す乱菊にちょっと感嘆の目を向けながら、やっぱり冬獅郎は冬獅郎だなーと一護は思った。
誤解だったらしいので、恋次の胸倉を掴んでいた手を離す。
舌打ちしながら恋次は襟元を正した。

「やちるがさ、アンタの刺青全部見たいって言って。そんで寝てるアンタから服引っぺがしたのよね」
「起きてアンタと草鹿副隊長がいて、自分が半裸だったのに気付いた時にはびびったっすよ……」
「起きないアンタが悪いんじゃない?そんで、何本あんのって言うからその刺青とにかく数えて」
「んで、寝たんでしょ。羊が一匹、とかいう原理っすよね。乱菊さん単純ですよ」
「やちるだってそうじゃない」
「一緒にするのもどうかと思うっす」

乱菊はやちると馬が合うのか。
自分の肩に乗ったり、剣八の背にいたりする幼い死神の姿を思い浮かべて、これはまた凄いギャップだなと一護は思った。
目の前の妖艶な美女と、あの幼い少女が仲が良いというのは、予想外である。
死神というのは本当に中身と外見とそして年齢が一致してないんだな、と不躾なことを思っていると、乱菊がまだ続ける。
夜一が水を向けたからだ。

「それで、阿散井のソレは数え切ったのか?」
「ああ、やちるが」
「お前は数えなかったのか?」
「あたし興味なかったですし。どこに入れてるのかには興味ありましたけど」
「すげえこと言わないでください。アンタの彼氏怖いんで」
「別に、怒ってねえよ。ガキは相手にしねえから」
息と共に吐き出された言葉に、「アンタには言われたくないんですけど」という言葉を恋次は懸命に堪えた。
見た目はこれでも、日番谷は隊長である。
雛森なら許されても、自分は多分、許されまい。

「四十本、くらいだっけ?」
「あ、そんくらいっす」
「凄いよね、入れる時痛そうな場所もあったし」
「だからそういうこと言わんでください」
「吉良や雛森から聞いてるけど、アンタの決意の表れなんだって?そういうの格好いいじゃない」
「ああ、まぁ」
恋次は憮然としながらも律儀に頷いた。
アンタの話だったはずなのに、なんでオレの話になってるんだ。
さりげなくすり替えられている事実にようやく気付いたが、元の話に戻すのは難しそうだった。
松本乱菊は、彼の首に入った黒い刺青をじいと見て、それから笑った。
「もう増やさなくて良いじゃない」
「決意って、何の?」
口を出した一護に、松本が答える。
「朽木のことに決まってんじゃない。阿散井のは、院生時代から有名だって言ってたし」
「誰ですかそんなん言ったの。吉良の奴っすか」
「主に雛森かな」
「あいつ……」
締めとこうかな、と言い掛けて恋次は再び口を噤んだ。
隣にいる日番谷のおかげで、物凄くやり辛い。やべぇ、俺このひと苦手なのか。
ふーん、と一護は答えた。うっかり流してから、思い当たった。
朽木、ってルキアのことか。院生時代から?ていうかこいつら学校行ってんのか。
そうじゃなくて、決意の表れって、それは。
「有名って何が」
「そりゃあもう、長い長い長ーい四十年の片恋が」
さ、と表情を凍らせた一護に対し、恋次は片手で顔面を覆った。
この面子の前で上手い説明をする気力が、残っていなかった。

「おう、てめえ、表出ろ!」
「違うっつってんだろ!!」
一護が恋次の腕を引っ掴んで外に出る。

沈黙が落ちた室内に、表からようやく聞き取れる程度の声で怒鳴り合いが聞こえてきた。



「そんなに好きなら、ルキア押し倒しゃあいいじゃねえか!」
「あいつはオレにとって大事な奴だから、そんなんじゃねえんだよ!」
「じゃあなんでオレに来るんだよ、大事な奴を大事にしてろよ!」
「だから大事にしてっだろ、手ェ出したくねーくらい大事にしてんだ。あいつは特別なんだよ」
「特別じゃねえなら、なんでオレのこと押し倒すの。なんでオレにちょっかいかけんだよ。信っじらんねえ」
「だから、お前はルキアとは違ってだな……」
「どうせオレは遊びなんだろ!」
「違うっつーの!あ、ちょ、一護どこ行くんだよ!!」
「うっせ、てめえ、ついてくんなぁぁぁ!!」



しばらくして、げっそりした阿散井恋次が、部屋に戻ってきた。
夜一は眉を上げて言う。
「一護は」
「……どっか行きました。たぶん、帰ったんじゃないんすか」

日番谷は眩暈がした。思わずこめかみを押さえる。
死神代行、お前、作戦会議やる気ゼロかよ。
ていうかここにいる奴らでやる気ある奴いんのか?

「おーおー泣かしおって。若いのう」
「夜一サンもこないだ泣かしてたっスよね」
「煩いわ、喜助。この間のは、ほぼお主が泣かしたんじゃろうが」
「そうでしたっけ?」
「物覚えが悪いのう。年取ると嫌じゃなあ、わしもこうなるのかの。恋次、お主追いかけずとも良いのか?」
にや、と笑った褐色の美女に、赤髪の死神は溜息を吐いて答える。

「……頭に血ィ上ったガキの相手は苦手っす」
「ふーーーーん」
「何すか」
「血が上っておらなんだら、相手はするのかと思っただけじゃ」
「……性格、悪いっすね」
「そりゃこやつの幼馴染じゃからの」
「いやー褒められちゃいました、あっはっはっは」
「褒めてねえよ……」

げんなりした顔で座り込む恋次に対し、別の意味でげんなりしている日番谷は、はやく一角達が来るといいなぁと目の前の痴話騒ぎから既に思考のみ脱退している。

「ごめんねー阿散井、一護、冗談通じないわね」
「もういいっすよ……。まぁ、あながち大嘘ってわけでもねえし」
「そうね、本当だもんね」
しんみりと言った乱菊は、落ちた空気を吹き飛ばすかのように明るく言った。
「よし、後で一角たちにも教えようっと」
「何がっすか」
「やちると同衾した話」
「おかしな言い方するなぁ!!知らんわけないでしょう!更木隊は部下と上司がツーカーなんです!筒抜けなんです!更木隊長に殺される……っ!」
「いやぁ、きっとあれよ、『責任取りに来い』とか言われるわよ。めでたいじゃない」
「違う違う、『死を以って償え』とか言われかねないっす!ほんと冗談じゃないんでやめてください!!」
「どーしよっかなぁ。ねぇ、一角、弓親」


に、と笑う乱菊の後ろにはいつの間にか二人が来ていた。
恋次は青褪める。終わった。俺の死神人生、多分これで終わった。
「そーかぁ、てめー、恋次、うちの副隊長さんとイイ仲だったかぁ」
「隅に置けないね、こんなに面白い話、内緒にしてるだなんて」

「一角、さん」
弓親の名は呼ばない。何故なら彼の説得は無駄だから。性格の悪い彼より、一角を落とした方が良い。僅かなりとも可能性が、ある、はず。
「アンタ、後生ですから」
「さーてどうすっかなぁ」
「ぜひ隊長に報告したいところだよねぇ」
意地の悪い視線が二人分恋次に集中した。乱菊も入れれば三人か。

「ま、現世出向中の雑用向きやってくれるって言うんなら考えないでもねーぞ」
「阿散井は副隊長格だけど、元々僕たちの後輩にあたるわけだしね。積極的にやってくれてもいい立場なわけだから」
「ってことらしいから、阿散井、頑張ってねぇ」


阿散井恋次、浦原商店のお仕事に加えて、死神現世出向組の雑用係に決定――――。


「おお、なんとか役割分担もまとまったようじゃの!」
「阿散井サンは働き者っスね、うちの雑用にチャド君の修行に死神御一行のパシリにと大活躍!」
楽しそうに会話を眺める年寄り二人を横目で見つつ、日番谷冬獅郎は作戦が記された書を手に、ぼそりと呟いた。


「……もう、勝手にやってろ」




Fin.



決戦は冬!年下虐め大会。
一護が一番年下なので泣きながら逃走、当然残った恋次に集中砲火。
あと、爆撃逃れたようでいて、それなりにダメージ受けてる十番隊隊長。
誰か彼の話を聞いてあげてください。

刺青の話は適当です。ていうかアレ数えられるのかなぁ。
気合入れるために彫ったもんではあると思うので、
そういう意味では彼女への想いがあるんじゃないかなと勘繰ってはいます。

Joyce執筆時(2006/5/1)



WJ中心ごった煮部屋へ。