刑軍の衣装、その薄布の下に手を滑らせる。
肌が膨らんだ、その肉の柔さに眩暈がした。
思わず、指で掴もうとするが、大きくて掴みきれない。

「鷲掴むな、浦原。痛くて適わん」
「だって、指が沈みます」
「そんなに力が強うては……感じることもできんわ」
「あ、の」
「もっと、お主が実験道具にするくらいの愛着を見せい。わしは物以下か?」
「そう、じゃなくて」
「まさかとは思うたが、この年まで生きて童貞なぞと言わんじゃろうな」
ぶんぶんと首を振る。
「さすがにそれは」
「……安心した。わしは経験がないからな、お主だけでも先を知っていれば、それなりに何とかなるじゃろ」
「へ……?」
「何じゃ」
「まさか、夜一サン、初めてだなんてことは」
「悪いか」
「アタシでいいんですか」

近付いてきた顎を下から細い手で鷲掴み、揺すぶる。

「喧しい男じゃの!抱くのか抱かんのかはっきりせい!」
「抱きます。抱かせていただきます」
「わかったらもう少し力を抜け。お主の方が処女染みておるわ」
「はい、……だって、凄い緊張するんですけど。うわあ」
「人の体を見てうわあとか言うでない。明りくらい落とせ」
「嫌ですよ」
「研究される気はない。お主、明るいと理性でわしを見ようとするじゃろ。それが嫌なんじゃ」
「しないですよ」
「どうだか。ま、貴族の体も遊女も大して変わりはないじゃろ。違うか?」
「……違うっスよ。凄く綺麗です」
「は、……ほんに厭らしい男じゃの、お主は」
「布越しに見た体も綺麗でしたが、いや、前にも見たことあるんですが」
「ああ、幼い頃から一緒に水も浴びたしの」
「そうじゃなくて、意識してから生肌を拝見するのは初めてっスよ」
「意識。……お主が、か?」
「夜一サンが、どう思ってるかわかんないっスけど、本気ですから」
「浦原……」
「好いた相手に、体許されて、頭に血ィ昇ってるただの男ですから」
「お主、嫌じゃ、やめい。そういうこと言ってわしに触れるな」
「嫌ですよ。逃がしやしません」
「やっぱり止める!また、からかっておるのじゃろ」
「からかってるのは夜一サンの方でしょ?でもさすがに今夜は絶対逃がしません」
「……あ、嫌、やめいと言うておるじゃろ!手を、離せ」
「離しません。……姫御前、アタシの女になってください」
「嫌ぁ、ちょ、もう脱がすな。服くらい自分で」
「大人しくしててくださいよ」

全て脱がされ、布団に押し付けられた褐色の肌は、身悶えて逃れようとする。
愛撫の指は止まらず、彼女の体温を上げてゆく。
「浦原ァ……」
「好きですよ、夜一サン」
「わしは、そういうこと言うお前が大嫌いじゃ。嘘ばかり吐きおる」
「今は、ほんとのほんとに本気ですよ」
「わしは、わしが好きなのはそんなこと言うお主ではない」
「どんなアタシが好きなんですか」
「……屈折しておるのう、わしも。わしを見ない男に焦がれていたからな」
「何時から、ですか」
「昔からじゃ。お主がまだ女にも興味がなかった頃からのう」
「……もう、アタシの想いは遅いですか」

にい、と笑った夜一は、男の唇を吸って、目を細める。
「膜は残しておいてやったわ。さっさとぶち抜けい」
「だから、アンタはなんでそういうことを」
「煩いわ。これ以上恥ずかしいことを言いおったら猫の姿で床を後にするが、それでも良いかの」
「駄目です!!絶対、駄目です!猫の夜一さんでも犯りますよ、今のアタシなら」
「入らんわ。さすがにそれなら人型の方が良かろうのう」
「当たり前ですよ。壊しますよ。いいんですか」
「そういう、暴力的なお主の方が安心する」
「……」
「妙に気を持たせるでない。片恋に慣れておったから、言葉を寄越されてもどうしていいかわからん」
「今のアタシだって、片恋みたいなもんじゃないですか。こんなん、じゃ」
「苦い恋の方が記憶に残って良いではないか。さっさと抱け、浦原。何百年待ったと思っておる」
ぎゅ、と肩に手を回されて、身を寄せ合う。



「お主に触れられるだけで融けそうじゃ」
「……アタシも、です」
「はぁ、こんなに気持ちいいもんじゃったのか。痛いと聞いておったのに」
上等じゃ。
「熱うて、心地良うて、狂うかと思うたわ」
「堪能していただけましたか」
「ああ、やはり不足はなかったよ。これであとは誰に抱かれても後悔せずに済む」
「な」
突然の誘い立ては、そういうことか。浦原は絶句する。
そう、だって彼女の仕事は。
「わしは隠密機動じゃぞ。わかっておろう?」
「……そりゃあ」
「任務帰りに、また寄ってもよいかのう」
何の任務か、どんな任務か、どこへ向かうのか。
聞いても止める手立てもなく、止められるわけもなく、目線を伏せて言葉を無くすしか術がない。
「……」
「厭か」
厭に決まっている。だが、それは仕事として処理した貴女を抱くことが厭なわけではない。
手放すのが当然と、分かり切っている自分達の関係が、引き止めそうになる指先を寸でのところで抑える。 使命は絶対。
そして、どんなことになっても、貴女を迎え入れないわけがない。
「……好きな女を抱くことが、厭な男はいませんよ」
「そうか。……なるべく来んようには努力するが、どうしても駄目な時は、頼む」
「……はい」
「ありがとう」
柔らかな夜一の口調に、苦しいものを覚えて、同時に余地を残さぬ彼女の甘さに酔った。
突きつけられた宣告の方が、選ばずに済んで、気が楽というものだ。
拒絶どころか何も言えぬ自分の弱さに苦笑して彼女を仰ぎ見る。
夜一は着物を肩に引っ掛けただけのしどけない姿で、男を見て微笑した。










数日姿を見せなかった夜一が、またふらりと戸口に立っていたので、浦原は決めていた言葉で迎えた。
「お帰りなさい、夜一サン」
男を見上げた夜一は、そっと両腕で囲まれた中で、幼い表情をした。
片手で抱いたまま、もう一つの手で褐色の頬を撫でると、彼女は瞳を揺らす。
何も言わせるつもりはなかった。後はこのまま朝まで抱きしめていようと思った男は、 呟かれた言葉に固まった。

「……壊滅させてしまった」
「はぁ」
「情報、集める前に。後から力づくで奪ってきたが」
「え、ってことは」
夜一はふるふると震えると、思い出したかが如く嫌悪で吠えた。
「わしの肩に触れおった、あの下衆が!」
「夜一サン、あの」
「わかっておるわ!虫唾が走ったのじゃ!辛抱しきれんかったのじゃ!あんな不細工な男に抱かれてやるなぞ」
「落ち着いて、あの、肩に触られただけでしょう」
「煩いわ!お主はどうでも良いかもしれんが、わしは自分でも知らん内に貞操の固い女に育っておったようじゃ」
「はぁ」

溜息混じりの浦原の返答に、烏の濡羽色の髪を片手でかき回した夜一も溜息を吐く。

「困ったもんじゃのう……閨房術は隠密の十八番であるというのに」

殆ど初めてではないだろうか、彼女が仕事を仕留め損なうのは。
いや、結局仕事として情報は手に入ったのだから、失敗ではないのだろうか。
(夜一サンは真面目過ぎる)
強気な彼女が自分の前で弱音を吐くのは、悪い気持ちではなくて、浦原は相好を崩した。
それから、そ、と耳打ちする。
「アタシが、教えればいいんですか」
冗談交じりで、少しでも雰囲気を明るくするための言葉だった。
しかし虫の居所の悪い四楓院の姫は、噛み付くように言い返す。

「前後に腰を揺らすしか能がない男が何を言うか!」
あまりの言葉に男は眩暈がした。甘い記憶のつもりだったんですけど!
「非道ッ!気持ちいいって言ってたじゃないスかー!!」
「当たり前じゃ、最中に冷たい言葉を吐くような女ではないぞわしは」
「今のでも十分傷つきました!責任取ってください!」
「甘いわ、わしの処女を持ってっただけでも、今すぐ死んでも釣りが来るじゃろ」
「足んないですよ!せめて腹の上で死なせてください」
「虫のいいことを言うな!わしを満足させてから言うてみい!」
「ひどい!ひどい!夜一サン、あんなに綺麗に鳴いたくせに!」
「お主の方が鳴いておったわ!」
「そんなぁ、だって、本気だったんだから多少無様でもいいじゃないスか!」
「そうじゃの、早かったしのう」
「夜一ィ!!」
「何じゃ喜助」
「怒りますよ、アタシも!……ってあ、あ、ごめんなさい」
「あ?」
「いや、名前っ……」

「好きに怒ればよかろう、わしはお主の女なんじゃろう?」
「!」
「抱いておる間くらいは呼び捨てにせい。わしも喜助と呼んでやる」
「は、い」
「疲れたわ、体を貸せ」
「って、あの」
「さっさと労わんか、喜助」
「ちょ、いきなり脱ぐだなんて、うわあ」
「うわあ言うでない……さっさと気持ちよくせんか、喜助」

耳を噛んで、夜一、そう低い声を流す。
「くそ」
「どうか、しましたか?」
「甘ったるくて適わんわ!」
「アタシも、体ん中熱くて甘くてどろどろですよ」
「そのどろどろを流し込みたいのじゃろ」
「……アンタは雰囲気作りに少しは協力してください」
「嫌じゃ」
「夜一、もう、黙って」
「いやじゃ」
「わかった、夜一、塞いでやるから」

唇も女の壺ももっと深い心の襞も、間隙全部を埋めてやるから。

「さっさと鳴くか、黙るかしてくださいよ。無茶苦茶にしてしまうから」
「……はよう来んか、喜助」
「優しくしたいんですってば」
「はよう来い」

帰ってくるまで、お主の匂いが恋しゅうて堪らんかったんじゃ。

「お前で、埋め尽くせ、喜助」
「仰せのままに、夜一」




Fin.



ロストバージン夜浦と言い張る。

Joyce執筆時(2006/4/30)



WJ中心ごった煮部屋へ。