「おお」 感嘆の声は、白煙に包まれた褐色の女体を見て上げられたものだ。 女はにやりと妖艶というより挑戦的な視線を男に投げかける。 性的な挑発ではなく、いっそ決闘の申込に近い視線。冷たく熱く、鋭い視線。 ぱちぱちと間抜けな拍手をした浦原は、その視線に射抜かれて、思わず笑みまで作ってしまった。 体の奥がうずくのは、衝動ではなく、愛しさでもなく、研究者としての探求心が先だというのが自分でも痛い。 「どうじゃ。見たか浦原」 「夜一サンはさすがっスね。隠密に変装は付き物とはいえ、骨格まで変えちまって人間以外に化けるだなんて」 「これなら気配を絶つ以上に人の目を誤魔化せそうじゃの」 ふふ、と満足げに自らの肢体を見下ろす夜一。 彼女は男に背を向けると、後ろに脱ぎ捨てたままの衣服をまとい始める。 肌に良く合う純白の稽古着、それを上からばさりと羽織る色気の欠けた彼女に、浦原は首を傾けながら言い添えた。 「しかし一つ心配事が」 「何じゃ」 「一々そんな着替えする時間が勿体無いんじゃないんスか。男としては目のやり場にも困りますしねぇ」 「たわけが。一度も目を逸らさずに術を見極めようとする、その貪欲な眼で何を言うか」 「ばれてましたか」 「一応は遠慮して、少しは目をそらすふりでもしてみんか」 「無理ですよ、夜一サンの肌は綺麗っスからねぇ」 「お主が興味あるのはわしじゃのうて、術じゃろ、術」 「そんなことないっスよ。姫御前の肌を誰彼構わずお披露目してもらっちゃ困ります。詳しいことを教えてもらえればアタシにも、お手伝いが」 衣服まとったまま、変身できるように何か道具を拵えましょうか? 男の問いかけに、手甲を着けながら夜一は首を振った。 「ふん、折角開発した秘術じゃ。当分はお主にもカラクリを教えてやる気はない」 「それは残念」 夜一が後ろを向いたすきに、その背中から腰に手を回す。 ん、と夜一は逆らわずに男の手に身を任せた。 後ろからぎゅっと深く抱きしめられて、軽く息を吐く。 「欲情したか」 にやっと笑って夜一が肩越しに男を見やる。浦原は真面目な顔で答えた。 「しました」 その答えに眉を下げて、夜一は腕からゆっくりと逃げ出す。 体をくねらせて男の腕の合間から逃げる仕草は、殆ど誘っているが如き動きだった。 だが、浦原は知っていた。先の猫に化けた時の癖が残っているだけだと。 そう思えば、彼女のしなやかな動きには感じ入れない。 またである。彼女の技に目を奪われて、その美々しい肢体が目に入らない。 (男として、どうっスかね) 心を読んだかのような夜一の冷たい視線が突き刺さる。 「大嘘を即答で返すな。体に聞いても何も答えんぞ」 「試してみるだけでも」 「試すな試すな。いい加減腰に手を回すのをやめんか」 「さっき全部見せた相手に対して、それはないんじゃないスか。腰くらい抱かせてください、何も取って喰おうってわけじゃあない。 一途な想いを刺激して、それで終わりってのはさすがに酷いっスよ?」 褐色の肌の女は、金色の瞳を揺らめかせて微笑した。 「他の女に現を抜かす、お主に言われたくないのう」 「誰のことです?アタシの心は夜一サンのものですよ」 「浦原喜助ご執心の寵姫のことじゃよ」 夜一は浦原を指差した。 男は視線を落とす。その腰に。 そこには、勿論のこと斬魄刀が一振り。 「紅姫、スか」 「どうじゃ。お主、その美姫とわしと比べて、わしを選べるか?」 「とんでもない!アタシが夜一さんと何かを秤にかけるだなんて」 「ほう?」 紅姫、と即答するか、にやけた顔でふざけて自分を選択するかと思っていた夜一は、興味深そうに男の答えを待った。 「アタシは右手に紅姫を持って、左手に貴方を抱いて、お守りするんですよ」 夜一は、一拍置いてから――――爆笑した。 「ははははは!選べんというか。不埒者!両手に抱えるだなぞと、お前らしい」 「駄目っスかねぇ」 「腐っても四楓院家の夜一じゃ。片手で抱くほど安い体ではないと思うがのう」 「前から思ってたんですが……」 「何じゃ。言うてみい」 「夜一サンは、砕蜂とかいうあのお嬢さんには、べたべたに甘いらしいじゃないスか」 「ああ、可愛い奴じゃろう。わしの気に入りじゃ」 「名前を呼ぶことを許したとか」 「あやつはわしの部下になるために育てられたからな。傍付とそんな固っ苦しいやり取りばかりでは肩が凝る。じゃから名で呼べいと言うたのじゃ」 「夜一サンは、他のひとには身分をあまり気にせず気安く付き合うじゃないスか」 「だからどうした?」 「なんでアタシにはいつまでたっても、四楓院の名前を使うんスか」 「効果がないことがわかっている間柄じゃからの」 夜一は、綺麗に破顔した。 「お主くらいで良いのじゃよ、わしを姫御前扱いするのは。他はうっとうしいわ」 「ははぁ……それじゃアタシは、いつまで経っても貴方に手が出せないんですかね、夜一サン?」 「出す気も無いのに、良くも言う」 「出してもいいんスか」 「殺される覚悟があるなら、乗りに来い」 乗り、って。 浦原が絶句していると、夜一がまた笑った。 貴族の姫とは思えぬ、品のないほどに唇を歪めた笑みだ。 「ははは!その顔は好きじゃ、その情けない顔なら考えてやるわ」 「待ってくださいよ、アタシはねぇ」 「愛してるぞ、浦原」 「……アタシだって、腹の底からお慕い申し上げてますよ、お姫様」 「ははははは!面映いのう!冗談が上達したな浦原」 「本気なんスけど……」 「可愛い奴じゃ、砕蜂とどちらを選ぶか迷うくらいにはな」 「えっ……!さすがに、それは勝つ自信がないっスねぇ」 「そうじゃな、あんな可愛い娘とお主を比べては、砕蜂に失礼じゃな」 「二番目でもいいんで、まぁ、考えといてくださいよ」 夜一はまた笑って、男の背中をばしりと叩いた。 「お主がわしの術よりわしに興味が湧いた頃に、再考してやろう」 ありがたや、と両手をぱちりと合わせ、男は祈るように瞳を閉じた。 「恐悦至極、待ってますよ姫御前」 「おう」 からからと明るい笑い声で返された応の言葉は、やけに暖かった。 その言葉にだけ生温い恋情を感じて、浦原は少しだけ目を細めた。 取っ掴まる時というのは、眩暈のように過ぎる一瞬なのだな、と実感しながら。 Fin.
いつ頃の話だよ!と自分で突っ込みを入れてみる。
浦原はあそこまでエロスを自称していると、なんか装っているんじゃないかと突きたくなります。 ほんとは逆にストイックだったら三割増でエロいなって。 そうでなくともマユリ様の上にいたひとなわけだし。研究命!的な。朴訥な理系だったらどうしようかね。 夜一さんが攻めでもいいと思うよ。強過ぎるので隠密のくせに閨房術知らずでも生きていけそうです。 処女なのに総攻。超こええ。 っていうか普通に出来てる仲だと思ってたので、 17巻のラジコンインタビュー浦原編での夜一とのやり取りにびっくりでした。 えっ裸も何もそんな生易しい仲じゃなかろうがと思いました。 とりあえず今回は生易しい場合を想定して書きましたともさ。 Joyce執筆時(2006/4/30) |